今年3月、東京都目黒区で5歳女児が両親により虐待死させられた。
その女児が、当の両親に向けた「謝罪文」を書いていたことが警視庁から明らかにされた。
ここで少し脇道にそれると――
こういうニュースに「涙が止まりません」とコメントを書き込んむ人は必ず何人もいるものだが、本当にその人たちは涙が止まってないのだろうかといつも思ってしまう。
涙が滲むくらいはあるかもしれないが、本当に涙を流している人や、ましてや止まってない人なんて実在するのだろうか。
万一そういうことがあるとしても、きっと次のニュースを求めてマウスをクリックしたり画面を指で押したりしているのは間違いない。
そしてたぶん他のニュースを見て、おかしみを感じたりニヤリと笑ったりしているのだろう。
別にそれが悪いとは思わないが(どうせみんなそうなのだ)、あんまり「涙が止まらない」なんてウソは書かない方がいいのに、とは思う。
さて本題だが、どうもこの夫婦は名うての虐待常習者だったようである。
はっきり言えるのは、世の中には「子づくり・子育てに向いてない」人がゴマンといるということだ。
子どもをもうけるべきでなく、育てるべきでなく、とにかく向いてない人というのがはっきり実在するのである。
これはむろん大昔からそうだったのだが、これだけ非婚化が進展している昨今、この点では現在の方が昔よりはるかにマシになったはずである。
しかしそれでも、子育てなんて向いてないのに(きっと自分でもわかっているだろうに)、カップルになって子どもを作っちゃう人がまだまだたくさんいる。
そしてこれは、「異常変態性欲者として生まれてくる」人間を根絶できないように――
「子育てに向いてないのに結婚・セックスをしたい」「子育てに向いてないのに子どもが欲しい」人間もまた、根絶しようがないのである。
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そこでふと思うのだが、就職試験の際には「SPI検査」などの性格診断テストを受けることがよくあるはずである。
そして確か、運転免許の取得の際にもそんなのがあったような気がする。
ではこれからは、「子どもを作るにはカップル揃って試験(性格検査)に合格しなければならない」ということにはならないのだろうか。
おそらく今回ようなニュースを目にするたびに、世の人々は「こんな奴らが子どもを作るな、作らせるな」と思っているはずである。
だったら、「子づくりあるいは結婚をするには試験に通らなければならない」とするのは、けっこう支持を得られるのではないかと思う。
それは別に、それこそ運転免許の試験程度の難易度で良いだろう。
ありふれた就職試験用のSPI検査で良いだろう。
どうせこの手の虐待親がいなくなることはないのだから、ニュースを聞くたびにただ怒ったり「涙が止まりません」なんて書き込むより、何かを提案する方が余程マシである。
子どもを作るには性格検査を受け、許可証をもらう。
それはトンデモ提案かもしれないが、しかしそれが当たり前になってしまえば、ごく普通のことに感じられるのは疑いない。
飲酒運転が厳罰に処せられるのが当たり前なら、子づくりに向いてない人が親になるというのは、さらに厳禁して当たり前ではないだろうか……