プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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池江璃花子に五輪辞退を求める変人たち

 白血病から奇跡の五輪出場を決めた水泳の池江璃花子ツイッターに、五輪を辞退してくれと求めるダイレクトメッセージが寄せられているそうだ。

(⇒ 日刊スポーツ 2021年5月7日記事:池江璃花子に五輪辞退求める声「私は何も変えられない」SNSで思い吐露)


 世の中には、変人がいる。

 そんなことしても池江璃花子が五輪を辞退するわけがないと誰もがわかっているはずなのに、それでもこんなメッセージを送る変人がいる。

 この

「自分が言ったとおりになるはずがないとわかっていても」

「自分が言っても何にもどうにもならないとわかっていても」

 それでも言う、書き込む、という心境になる変人は、少数とは言え確かにいるものである。

 もし「自分が言ったら何かが動く」と清純に信じて書き込んでいるとするなら、病的変人と言っても過言ではあるまい。

 だいたい赤の他人の、面識も関わりもない人のツイッターに、応援や賛辞以外のダイレクトメッセージを書き込むなんて気になること自体、キモい異常者の兆候だと言っては過言だろうか。

 だから池江選手は、そういうことを書いてくるのはキモい異常者の変人であると思った方がよい。

 いや、思うと言うより、そう認識した方がよい。

 なぜなら、それが事実である可能性は非常に濃厚だからである。


 変人は変人、自分は自分である。

 面と向かっての忠告だというなら、話は別として――

 ネット経由で自分の力にならないメッセージをくれる人なんて、文字どおり何の足しにもなりはしない。

 キモい変人のオナニーはしたくてたまらないものだから仕方ないとして、誰にもそれに付き合う筋合いはないというものだ。

 

「国民の敵、オリンピック」-五輪中止署名35時間で10万筆突破

 東京都知事選の常連、弁護士の宇都宮健児氏が呼びかけた「東京五輪開催中止を求めるオンライン署名」が、約32時間で10万筆を突破したという。

(⇒ スポニチアネックス 2021年5月6日記事:宇都宮健児氏 東京五輪開催中止呼び掛けた署名 32時間弱で10万筆突破)

 誰でもわかっていると思うが、署名とは当てにならないものである。

 「署名お願いしまーす」と家に訪ねてこられれば、

 あるいは路上で署名を呼びかける人と目が合ってしまえば、

 それを断る度胸のない人は夥しくいるものである。

 世の中の署名というものに記された名のかなりの部分が、そういう「断れない」という理由で記されているのだろうことは、誰だって想像できる。

 しかしこれがオンライン署名となると、話は違う。
 
 それは明らかに自分の意志でなくては、署名なされないものである。

 それが2日ちょっとで10万筆も集まったということは、それよりはるかに多い人数が潜在的に賛同していることをうかがわせるに充分だ。

 しかしこうなると、逆に「東京五輪の開催を求めるオンライン署名」というのも発足してほしいものである。

 その署名数で、通常の選挙よりさらに正確に民意が測れると思うのは、私だけだろうか……


 とはいえこのブログで何度も言ってきたように、今の日本国民の民意は「東京五輪は中止すべきだ」が大多数を占めているに違いない。

 こんな状況下でオリンピックなんてやってる場合か、と思うのが普通の人間の感性というものである。

 私は数年前、現代は「スポーツバブル」の時代である、とブログで書いた。

tairanaritoshi.blog.fc2.com

 


 我々は、「スポーツ貴族」が何千万円・何億円、それどころか1試合で何十億円と稼ぐというのを――

 これだけ「格差」や「貧困」が話題・問題になっているはずだというのに、

 批判するどころか「スゴイ」ことだと称賛し続けてきた。

 
 しかし今、思いも寄らぬコロナ禍というショックのせいで、ついにバブルが弾けるときが来たのかもしれない。

 もしそうだとしたら、私の予想よりは何十年も早い。

(私は22世紀になるまでには、スポーツバブルは弾けるだろうと思っている。)


 冷静に考えてみれば誰しも思い当たるはずだが、

「世界で一番100メートル走が早い人」

「世界で一番泳ぐのが早い人」

 というのは、はたしていったいスゴイのだろうか。

 そういう人がいるのは、当たり前の話ではないか。

 それを熱烈応援したり国の誇りだとかまで思うというのは、まるで小学生の世界ではないか。


 もしかするとコロナ禍は、そういうことに日本人を「気づかせてくれた」のかもしれない。

 オリンピックが「国民の敵」と思われる日がこんなに早く来るなどと、誰が予想したろうか。

(私も予想しなかった。ゴメンなさい。)


 こう言っては何だが、国民の命や生活に比べれば、アスリートの夢や栄誉など吹けば飛ぶようなものである。

 オリンピック中止になれば(スポンサー等への)違約金は日本政府が払わなければならないらしいが、その方がまだしもマシなのではないか。

 私は別にスポーツ嫌いではないが、しかし今の日本人の大部分も普通にそう思っているはずである。

 おそらくは政府自民党の人たちだって、そう思っている。

 しかし悲しいかな、(国民にとっては不思議でしょうがないが)なぜか中止と言うことができない――

 現政権は「オリンピックと共に死す」だろうと、思わざるを得ないゆえんである。

 

自民党はオリンピックと共に死ぬか

 ゴールデンウィーク序盤の5月2日、新型コロナ第4波は制御不能みたいになっている。

 この日の西村経済再生担当大臣の発言は、国民にパニックを生じさせてもおかしくないものであった。

 緊急事態宣言発令中の1都3県において、各知事に「商業施設への入場制限」を求めたほか、

 変異ウイルスの強い感染力について、

「屋外でマスクを付けていても感染が確認される事例の報告が相次いでいる」

 と述べたからである。

 これではもう、知事にお願いするどころか国が「経済戒厳令」「外出戒厳令」を発した方がいいんじゃないか、と誰もが思うところだ。

 そして変異株の感染力は確かに強いようで、国内のコロナ感染者は4月9日に50万人を超え、それから20日くらいで10万人も増加している。

 しかも屋外でマスクを付けていても感染するなら、企業活動なんてできた話じゃないというのが当然の成り行きだろう。


 だが国民は、それでも外出も経済活動も止められはしない。

 いや、もし「アレ」がなかったら、歯を食いしばって多くの人は耐えるし止めるかもしれない。

 しかし、とにかく自粛を呼びかける政府自体がアレをやるつもりでいるのだから、納得するわけがないのである。

 アレとはもちろん、東京オリンピックのことだ。

 7月下旬の開催予定日まであと3ヶ月を切っているが――

 こんな状態でオリンピックをやるというのは、まさに「狂気の沙汰」ではあるまいか。

 少なくとも、日本国民がそう感じるのは至極当然のことだろう。


 オリンピックを止めたら日本が世界に信義を失うとかアスリートのことを思えとか、賠償金みたいなものが生じるとか、もはやそんなこと圧倒的多数の日本国民には絶対どうでもよいことである。

 日本国民の心の中では、このオリンピックは史上最低のオリンピックとなることが確定済みと言って過言ではない。

 そう、ついにオリンピックともあろうものが「悪の権化」「悪の祭典」となるときが来たのである。

 なるほど、いざオリンピックが開催されれば、日本国民は手のひら返しするかもしれない。

 テレビで見るアスリートの熱戦に、その2週間くらいだけは熱狂するのかもしれない。

 だがその後、もしコロナがもっと拡散したら――

 たとえそれがオリンピックと関係なかったとしても、たとえそういうエビデンスが示されたとしても、やっぱり国民はオリンピックのせいだと思うのは確実ではあるまいか。

 これは政府にとって、すなわち菅政権と自民党にとって、賭けである。

 この賭に勝つには、オリンピック開催までにコロナ第4波が収まっていなければならない。

 かつ、第5波がオリンピック後に起こらないことにならなければならない。

 私なら、そしてあなたも、きっとそんな賭けはしない。    

 おそらく次に控える秋の衆院選で、自民党は大敗を喫すると思われる。

(⇒ 2021年4月25日記事:自民党選挙3連敗と「東京五輪と共に死す」の奈落)

 

 とはいえ、本当にコロナ変異株が「どうやったって感染する」ものなら――

 誰も選挙に行きたがらず、来るのは「何があっても自民党支持」「何があっても公明党支持」の岩盤支持層が大多数だとしたら、歴史的低投票率の中で自民党が辛勝する、という可能性もないわけではない。

 しかしたぶん、そうはならない。

 菅政権は倒れ、自民党は(一時的にでも)死に、まるでオリンピックと心中した形になる可能性は濃厚である。

 
 とはいえこんなこと、自民党だって簡単に予想する未来だと思うのだが――

 オリンピックの神通力は、それを打ち消すほど強いものだと感じているのだろうか。信じたいのだろうか。

 「こんなんでオリンピックどころじゃあるか」というのは、これこそが国民の総意だと簡単に感じられそうなものなのだが……