6月23日の最高裁判決は、今の日本の「夫婦はどちらかの姓に合わせなければならない」という民法の規定を合憲とした。
また6月28日にも、最高裁は夫婦強制同姓制度は憲法違反だとするサイボウズ社長・青野慶久氏の上告を棄却した。
これについてはこのブログでも何度か書いてきたが、私は選択的夫婦別姓に賛成である。
(もっとも、熱烈と言うほどではないが……
しかしそれを言うなら、熱烈な程度に賛成している制度なんて、皆さんにはあるのだろうか。
あるとしたら死刑制度だろうか。)
その最も大きな理由は、夫婦強制同姓制度を維持する限り、日本での姓の大絶滅と家名断絶の大量発生は防げなくなるからだ。
一般に夫婦強制同姓制度の維持を支持するのは、保守派だと言われている。
日本の伝統を守るべきだと考える人が、夫婦別姓に反対なのだと言われている。
それが本当だとして、不思議なのは……
その保守派の人たちは、姓の大絶滅と家名断絶の大量発生が起こることについて、どう思っているのかということである。
これから日本の人口が加速度的に減っていくのは、誰でも知ってる常識と言える。
生涯未婚率が上昇の一途を辿り、一夫婦あたりの子供の数もまず増えることはないだろうことも、ほとんど誰でも理解している。
これに伴い、日本の姓(名字)がそれよりも速いスピードで消滅していくのは、誰にでも想像できる。
そんなとき夫婦の一方の姓をもう一方の姓に合わせて「変えなければならない」なんてことをしていれば、間違いなく消滅する姓は増えていく。
おそらく現時点で「珍しい名字」とされている姓は、22世紀までにほとんど消えているのではあるまいか。
これはまぎれもなく「家名の断絶」である。
これは昔の日本人にとって、何よりも避けるべきことだったはずだ。
真の伝統的日本人にとって、家名の存続の大切さに比べれば、「姓の一致による家族の一体感」の大切さなんて全くものの数ではない。
そして実際、今ですらそういう苦悩、あるいは需要はあるのではないか。
子供が女の子しかいない、しかもその親は一人っ子であるという家庭は多々あるが、そこにはやっぱりこういう苦悩と需要があるのではないか。
(どうせ二人くらいしかいない)我が子に、できるものなら別々の家名を継がせたい……
これは伝統的日本人からすれば、当然の欲求であり需要のはずである。
しかも昔なら他の家から養子を取ることもできていたが、今の日本にそんな「余分な」子などいない。
(加えて、自分の血の繋がっていない子を育てるのは「無駄」であり「バカげたこと」だと、みんな普通に考えている。)
人口減少は、しばしば「静かなる有事」だと言われる。
確かに日本全体の人口はどんどん減っていくが、(それが日本全土で薄められて進行していくせいで)自分の身近ではそんな切迫した印象はあまりない。
姓の絶滅も家名の断絶も、それと同じである。
しかも「**という姓の人は、いま日本で何人いる」なんて統計は取られていないので、ますます我々はそれを実感することはない。
しかしもちろん人口減少より速いペースで、それは進むに決まっている。
「日本人の姓の数は、世界で一番種類が多い」という話は、日本人なら割とよく聞いているはずである。
それが確かな事実かどうか私は知らないが、たぶんこれもまた「日本スゴイ」ネタの一つになっているのだろうとは思う。
おそらく50年後も、「日本人の姓の数は、世界で一番種類が多い」とは言われているかもしれない。
しかしその姓のかなりの部分が、今はもう実際に名乗っている人は一人もいないという「絶滅姓」「幽霊姓」になっている可能性は、非常に高い。
私には、この事態を避けようとすれば(遅らせようとすれば)、夫婦別姓を可能にするくらいしか手はないと思う。
要約するに、夫婦強制同姓制度とは、人口減少時代以前だからこそ機能していた「旧制度」とは言えまいか。
この旧制度を続ける限り、日本人の家名断絶続出は避けられないと、わかりきっているはずなのだが……
皆さん、別にそれでいいのだろうか。