プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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変わる結婚式と死後離婚-結婚はやはりオワコンか

 「ファーストバイト」「バージンロード」などという「男尊女卑と家父長制のジェンダーバイアス」のかかった「時代と共にアップデートされていない」結婚式に違和感を持つ若者が増え、ウェディング業界からも変革の動きが出ているという。

(⇒ ハフポスト 2024年9月2日記事:「ファーストバイト」や「バージンロード」、違和感を持つ若者が増える中、業界側から変化の風「時代に合わせた結婚式を」)

 従来の結婚式・結婚披露宴の定番と言えば、ファーストバイトとかバージンロード名称と並ぶのが、次のようなものだろうか。


●花嫁が来賓に向かってブーケトスをする。そのブーケをキャッチした未婚女性は次に自分が結婚する番になるという。

●花嫁がバージンロードを、その父親と腕を組んで歩いて入場してくる。

●花嫁がその両親に対し、今まで育ててくれた感謝の手紙を読む。

●花婿と花嫁が手を携えて(巨大な)ウェディングケーキにナイフを入れる。


 言うまでもないがこれらは全て、どんなに遡っても太平洋戦争後の習俗である。

 実際には、せいぜい半世紀くらいと言ったところか。

 しかし、たったそれだけの期間でもこういう習俗が「まともな、伝統的な」結婚式・結婚披露宴としてすっかり定着してしまうのだから、「伝統」というのも誠にインスタントなもの、と言うべきか。

 ところで私も、昔から違和感は持っていたのである。

 そもそもバージンロードを歩く花嫁がバージンである確率は、どのくらいのものなのだろう……とか(笑)
 
 また、もし私が花嫁の父親なら、ウェディングドレス姿の娘と腕を組んで人前を歩くなんてことは、こっぱずかしいので断固拒否したい。

 そして、確かに――

 なぜ父親と腕を組んで歩いて入場してくるのは花嫁だけの方なのか、

 なぜ両親へ感謝の手紙を読むのは花嫁だけの方なのか、

 総じていえば、なぜこれほど花婿でなく花嫁が主役でありスポットライトが当てられるのか……

 ということには、改めて考えてみれば、多くの人が違和感を持って当然ではあるまいか。

 また、花嫁の着るウェディングドレスにせよ白無垢にせよ、それには「花嫁が花婿の色に染まる」意味があると言われる。

 結婚指輪もまた、かつてヨーロッパで男が女を略奪して「これはオレのもの」と示すため女に取り付けたリングの名残だとも言う。

 これは(本当にそうなら)やはり、どぎついまでの男尊女卑時代の名残と言うしかないだろう。


 しかし、本当に違和感を抱くのは、この結婚ということ自体についてである。

 俗に、結婚したカップルの3組に1組は離婚するという。

 離婚まではいかなくても、「好きよ好きよで結婚して、やがて見るのも嫌になる」夫婦なんてザラにいると言われている。

 さらに近年では、「夫が死んだら夫の家族と縁を切りたいので、死後離婚する」なんて現象も大きくクローズアップされている。

 そういうことをみんな知っている中で「永遠の愛」を誓うことほどバカげた滑稽なことが、はたして世の中にあるものだろうか。

 アホらし屋の鐘が鳴る、とはこのことではないだろうか。

 なんだか、結婚はオワコンだとか言うより――

 結婚はオワコンにすべき、と言った方がいいくらいの茶番ではあるまいか。

 結婚とは夫と妻の個人個人の結びつきであり、どちらかが死んだらハイそれまでよというのは、どうやら現代の若い女性の過半数くらいの支持は得ていそうである。

 たぶん本音では、夫の親やら親戚やらを結婚式に呼ぶこと自体が嫌だと思われる。

 場合によっては夫側の職場仲間を呼ぶことだって嫌だろう。

 そういう中で――どうせ離婚や死後離婚するかもしれないのに、死後離婚は自分だって内心支持しているのに――結婚式や結婚披露宴をやるというのが、茶番でなくて何なのか。
 
 おそらく「結婚する習俗」というのは、21世紀中に本当に消えてなくなる可能性が大なのだろう。

 そして、その方がたぶん健全なのだと思われる。

 現代人の標準的意識に、そして現代人の現実に、明らかに結婚制度はマッチしていないからである。