私はぜんぜん見てないが、2月17日の北京オリンピック・フィギュアスケート女子シングル戦は、異様かつ鬼気迫る雰囲気であったらしい。
むろんその原因は、ロシア(正確にはROC=ロシアオリンピック委員会だが、つまりはロシアだ)選手のドーピング疑惑である。
その疑惑の渦中のカミラ・ワリエワ(15歳)はミス連発で4位に終わって泣き崩れ、なのに鬼とされる女コーチには「なぜ諦めた?」と問いつめられる始末。
そして2位(銀メダル)に輝いたロシアのトルソワは「私だけ金メダル持ってない。全然嬉しくない。幸せではない」とコメントした上、女コーチのハグをも「嫌よ! みんな知ってるのよ!」などと言って拒否。
1位(金メダル)のこれまたロシアのシェルバコワも、そのトルソワが号泣しているとき無表情で立っていたという。
これをロシアらしいと言っていいのかわからないが、何とも凄惨な氷上劇である。
さて、ロシアの未成年女子選手らがこんなにも思い詰めて競技に向き合い、
ロシア国家がドーピングまでして金メダルを狙う(狙わせる)理由――
それは言うまでもなく、「国威がかかっているから」ということにされている。
アイリーン・グーなどアメリカ生まれアメリカ育ちの中国系アメリカ人を中国が引き抜いてきて中国選手として出場させるのも、自国が金メダルを獲って国の名誉や威信を輝かせたいからだとされている。
これは世の中で、当然視されていることなのだとと思うが……
しかし私は、これをバカげた迷信であり妄想であると思っている。
その立証も、割と簡単にできると思っている。
早い話が、もしシリアの選手がオリンピックで金メダルを獲ったら、あなたは「シリアってスゲー」と思うだろうか。
シリアの国威の輝きを感じるだろうか。
もし今回の女子ロシア選手らがドーピング疑惑もなく、真に実力で金・銀・銅を独占したとする。
それであなたは、ロシアの偉大さを感じるか。
ロシアってスゴい、ロシアって大した国だと、感に堪えることがあるだろうか。
これは確信を持って言えるが、世界中の大多数の人は「へえ、そうですか」「ロシアって、フィギュアスケート『は』強いんだね」と思う程度が関の山ではないか。
それでロシアの国威が輝いたと感じる人って、根っからのロシアファン(初めから、いかなる理由によってかロシアが好きな人)を除けば、かなりの変人ではなかろうか。
これを書いている2月18日現在、金メダル及びメダル総数の最多はノルウェーであるが、だからあなたはノルウェーの国威を実感しているのだろうか。
また今回、(中国がアメリカから引き抜いたとされる)アイリーン・グー(谷愛凌)がスキーで金メダルを獲って一躍スターになったが……
だからと言って、それで中国の偉大さを感じた人って、あなたの周りに1人でも実在するだろうか。
「裸足のアベベ」と呼ばれ、本当に裸足でマラソンを走って金メダルを取った人である。
で、それでその後、エチオピアはどうだったか。
エチオピアは世界に国威を輝かしたか。
エチオピアはスゴい、エチオピアは大した国だと感じた人が世界中にどれだけいたか、残っているか。
あるいはアメリカには、カール・ルイスとジョイナーという男女がいた。
今でも有名な、百メートル走で金メダルを取った人たちである。
で、それでアメリカはどうだったか。
彼と彼女が金メダルを獲ったことでアメリカの国威は上がったか、アメリカの世界での名声は上がったか。
あるいはジャマイカは、カール・ルイスを超えるウサイン・ボルトというスーパー陸上選手を生んだ。
それでジャマイカは、世界から称賛の目で見られたか。
あなたはジャマイカを、スゴい国だという目で見ているか。
いや、もっと身近な例で言えば――
日本選手だってこの30年、多くの金メダルを獲得してきた。
で、それで日本の国威は上がったか。日本の名声は世界で増大したか。
ここ30年間給与水準が上がっていないので有名な停滞国は、どこの国か。
ことほどさようにオリンピックで金メダルを獲るのと、その国の国威や名誉、国の元気や勢いだのというものは、いっさい何の関係もない。
こんなことは、誰にだってわかるではないか。
要するに、オリンピックで金メダルを獲って国威が上がるなどというのは、その国の国民だけが思っていることである。
つまりは内輪ウケであって、よその国は別にどうとも思ってはいない。
だいたい金メダルを獲ってヒーローやヒロインになり、賞賛の目と声を向けられるのは、あくまで彼ら彼女ら個人であって、別にその所属国が対象ではない。
モロッコの選手が金メダルを取ったからって、別に我々はモロッコはスゴい国だと思うことはない。
これは明々白々の事実のはずだが、世界の中の一部国家の中の人には、どうもわからないことらしい。
それにしても、ついでに思うのだが……
ロシアや中国の人たちは、自分たちの税金で作られ引き抜かれた自国選手がオリンピックで躍動する姿を見て、どう思っているのだろう。
もし彼や彼女が金メダルを取れば、その国の国民は賞賛の嵐を浴びせる。
彼や彼女は英雄となり金持ちになり、セレブのエリート上級国民になる。
つまりこの自国民というのは、自分たちの生活は何も変わらず下級国民のままなのに、その自分たちが出したカネで新たな上級国民を作り出しているようなものではあるまいか。
なるほど日本にも、「VTuberへの投げ銭文化」というのがあるので、それと同じようなものかと思いもするが……
別に世界の人たちは、ロシアや中国の選手が金メダルを獲っても「ロシアはスゴい」「中国は素晴らしい」などと思うわけではない。
そしてロシアや中国の下級国民の暮らしは何一つ変わるわけでもなく、新たなスポーツ貴族が増えるだけである。
私には「国費を投入して金メダルを獲らせ、自国の威信を輝かせる」というのは、とんだ的外れな投資に思える。
いや、実はまさに内輪ウケを――すなわち自国民の士気高揚のためにやってる、というのが真実だとしても、
旧ソ連なんかはそんなことにウツツを抜かしてたから滅亡したんじゃないのか、と思いさえするのである。
かつてロシアは、つまり旧ソ連は、「労働者の祖国」と呼ばれた。
そして今でも中国は、一応タテマエは共産主義国家である。
その国民や人民は、自分の税金でエリート上級国民を作っていること、それを自分が熱烈応援しているということについて、何も思わないのだろうか。