2月19日、百円ショップの草分けであり代名詞的存在の企業「ダイソー」創業者、矢野博丈(やの ひろたけ)氏が2月12日に心不全で死去していたことが同社から発表された。享年80歳。
「百円の男」矢野氏は、現代日本の経済界・企業界の巨人である。
百円均一の商品(今では百円以上の商品も売っているが……)を売る店が巨大企業に成長するだろうとは、普通はほとんどの人が思わない。
しかし矢野氏は、リヤカーで百円商品を売るところから初めてそれを成し遂げた。
いや、単に巨大企業を築き上げたということを超えて、「百円ショップ」という(おそらくは日本独自の)新業態・小売業の新カテゴリーを創出・確立した。
これはまさに、ただごとではない。
いまや百円ショップそして***円ショップという業態は日本に完全に定着し、たぶん一般スーパーに匹敵するほど日本人にとっての「生活密着企業」である。
そこではちょっとした小物はほとんど(こんなものが売っているとは思わないようなものまで)売られており――
人が何か買おうと思えば、まず文房具屋などに行くより真っ先に百円ショップへ行き、そこで見つからなければ(仕方なく)他の店へ行く、という行動パターンを大勢の日本人に植え付けている。
この日本人への影響度に比べれば、ZOZOもトヨタも一歩どころか百歩も譲ると言っては大袈裟だろうか。
近年これほど日本人の購買行動に影響を与えたのは、Amazonや楽天といった「ネット通販」企業くらいのものだろう。
こんなスケールの偉業を百円商品を売って成し遂げたというのは、驚くべき立志伝である。
そもそも矢野氏は、1943年(昭和18年)に日本軍制圧下の中国・北京で生まれた。
もうこの時点で、恐るべき「昭和戦前戦中」生まれの底力を感じさせるではないか。
それがリヤカーを引いて百円商品を売って回るところからスタートして、今日のガリバー企業にするのだから――
もう、そんじょそこらのキラキラスター若社長たちとは全く違う凄みを感じないではいられない。
彼こそまさに、『ビジネススーパースター列伝・現代日本編』に載るに違いない一人である。
しかし反面、矢野氏本人に対してではないが、ダイソー及び百円ショップ業態への批判的意見があるのも事実である。
もちろんその批判とは、この業態こそ今の「デフレが延々と続く日本」「安い日本」の象徴であり、元凶ですらあるというものだ。
おそらく多くの人は、これほどなんでも百円ショップで売っているのに、まだ「その他の文房具店などが残っている」ことを不思議に思うくらいではないか。
私は詳しく知らないのだが、たぶん「ワンコインショップ」という業態は日本くらいにしかない。
アメリカにもヨーロッパ諸国にも、中国にもインドにもアフリカ諸国にも、たぶんない。
それが日本でのみ(?)誕生し、根付いて広まったというのは、確かに非常に興味深い点である。
しかし詰まるところ、日本人は――「安物買いの銭失い」という言葉を誰でも使うにもかかわらず――やはり、何よりも安さを愛好するのだろう。
「カワイイは正義」ではないが、「安いは正義」が国民的常識なのだろう。
それはダイソーのせいではなく、誰のせいかと言えばむろん国民のせいである。
ダイソーとそれに続くワンコインショップ業界は、間違いなくそんな日本人の心を掴んだ。
私はこれは、マイケル・ポーターあたりの世界のマーケティング研究者にぜひ採り上げてほしいケースだと思う。
日本人にとって「安いは正義」でない国があるなんて信じられない、
日本以外の国ではワンコインショップがほぼないなんて不思議で仕方ない――
というのが正直な日本人の感覚だと思うが、なぜ日本だけが特殊であるのか、ぜひ研究してほしい。
ともあれ、巨星墜つ、である。
一つの業界を打ち立て、日本人の生活を変えた「百円の男」矢野氏。
その功業は松下幸之助などにも匹敵する、と思うのは、はたして過大評価だろうか……