プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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出産・子育ては「生き地獄のオワコン」、もう止めるべき論

 まずはこちらの記事を、お読みいただきたい。

(⇒ プレジデントオンライン 2023年6月1日記事:「罰ゲームのような環境で子どもを産んでも見合うほど得るものがない」異次元の少子化は女性たちの声なき主張)

 これを読んですぐ思いつく二つの言葉は、「生き地獄」と「オワコン」である。

 つまり女性のとっての出産と子育てというのは、「生き地獄のオワコン」ではなかろうか。

 これはもう、そうとしか読めないのではないか。

 これを読んで素直に考えると、出産・子育てなんて女性なら今すぐ誰もが止めるべきである。

 そして現実に、出産・子育て及び結婚というのはもうオワコンになりつつあり――
 
 かつ、オワコンになるべきものではないだろうか。

 そりゃ女性にこんな生き地獄を味わわせるなんて、人権侵害以外の何物でもないと思わずにいられないだろう。


 これは私見ではあるが、現代の若い女性は、本当に結婚・出産・子育てというのを嫌悪敬遠する人が多くなっていると思う。 

 それどころかセックスを「おぞましいもの」と感じる人も増えているだろう。

 これは、それこそ多くの人が「共感」できそうなことで……

 私など昔から、「自分の体の中に他人の体の一部を入れられる」なんて気色の悪いことを、よく世の女性のほとんどは受け入れているものだなんて感じていたものである。

 男ならほぼ全員がそんなこと絶対拒否するだろうに、と思ってきたものである。

tairanaritoshi-2.hatenablog.com


 そして、仮にそういう生理的嫌悪感がない女性であっても、まだハードルはある。

 これまでさんざん言われてきたのは、女性が交際・結婚してもいいとする「普通の男性」という「普通」の基準が、現実外れに高すぎるということである。

 しかし私は、こう思うのだ。
 
 今の多くの女性は、自分が「真の普通の男性」と交際・結婚することを、屈辱であり許されざる侮辱だと感じているのではなかろうか、と。

 それこそ自分への人権侵害と感じているのではなかろうか、と。

 こう思っている女性って、割と周りにたくさんいるとあなたは思われないだろうか。

 そして私は、そんな屈辱を選ぶくらいなら一生一人でいることを選ぶ、という女性の姿勢にこそ共感する。

 いや、共感するというより、そりゃそうだろうと普通に思う。

 屈辱を受けるより死を選ぶ人は今までゴマンといたのだし、一生一人でいることは死ぬことと比べれば何でもない。

 そりゃそっちの道を選ぶのがむしろ当たり前だろう。


 私はまだ、日本の生涯未婚率や出生率は高すぎると思う。
  
 いずれ韓国のように出生率は1.0を割ると思うし、生涯未婚率が男女とも7割に達しても何もおかしなことはないと思う。

 それでも日本の人口の将来をけっこう楽観視しているのは、人間には

「おぞましい原始的なセックスも、基準未満の異性との人権侵害的な結婚も、自由がなくなりメンドクサすぎる子育ても、そんなものは何もしたくないが、しかし自分の遺伝子は残したい」

 という需要が底堅く存在することを固く信じるからである。

 いずれ人は自分の精子卵子を企業へ送り、我が子を注文・カスタマイズして製造してもらうようになる。

 それが普通になる時代は、そんなに遠くはないだろう。

 人類の歴史は、需要を満たすという夢のあくなき追及の歴史である。

 かつ、「生き地獄」からの解放を希求してきた歴史である。

 全ての女性が(望めば)セックス・出産・子育てという原始的生き地獄から解放される日は必ず来る、と予言しておいて間違いはない。