これが皇室・皇族にまつわるものでなかったら「爆弾投下」「不協和音」なんて書かれそうな発言を、
(自分の長女のことで国民的渦中にある)秋篠宮殿下が、誕生日記者会見で行った。
「自分は、大嘗祭という宗教的な行事は、国費(税金)ではなく天皇家の私費(内廷費)でやるべきだと思う」
「(そんなに費用をかけずに)身の丈に合った規模でやるべきだと思う」
「そのことを宮内庁長官にもかなり言ったが、聞く耳を持たれなかった」
というのがそのハイライトである。
(⇒ 朝日新聞 2018年11月30日記事:秋篠宮さま、大嘗祭支出に疑義「宮内庁、聞く耳持たず」)
(⇒ 読売新聞 2018年11月30日記事:「まさか会見で」戸惑う宮内庁…秋篠宮さま発言)
(⇒ 共同通信 2018年11月30日記事:大嘗祭「違憲」12月提訴へ)
まず思うのは、昔から薄々思ってはいたが、宮内庁の長官とか職員とかいうのは、あまり面白くなさそうな職業・立場だということである。
宮内庁長官にとって天皇や皇族はいわば会社の上司や経営者のようなもの、自分自身は天皇家の事務局長みたいなものだと思うが――
それが公の場で、「自分は意見したが、事務局長は聞く耳を持ってくれなかった」なんて言われてしまうのである。
これはもう一般の会社・組織なら、立派に内紛状態と見なされるところだ。
そして世間一般に流通する無数のマネジメント本の大多数には、「上に立つ者は、決してこういうことはしてはならない」と書かれていそうな話でもある。
今回の秋篠宮発言に大賛成する人も、もし自分が宮内庁長官だったら「こんなことする上司の下でやってられるか」と、怒り狂ったり深刻なショックを受けたりするのではないだろうか。
(少なくとも、同僚内で「なんだよな、アイツは」くらいの陰口は叩きそうだ。)
しかし秋篠宮側としては、こういう機会でもないと――そしてこういう手でも使わないと、自分を「籠の鳥」にしている抑圧者に何も反撃できないじゃないか、という思いがあるのかもしれない。
なんだか、織田信長に対する将軍足利義昭みたいな、やむにやまれぬ思いがそこには感じられる。
それはそれとして秋篠宮発言の骨子は、現代日本人の平均的な感覚に驚くほどフィットしているように思える。
大嘗祭の経費は、前回(現天皇の即位時)には22億円超だったそうだ。
その額自体は、まぁ一代に一度の最重要儀式だから仕方ないにしても――
熱烈な皇室崇拝者・皇室ファンにとっても必ず「うっ」と詰まってしまいそうなのは、
大嘗祭を行うための「大嘗宮」というのを(前回は)14億円かけて作り、しかも儀式終了後はそれを解体撤去した、という話である。
これは間違いなく、現代日本の国民感情からは許されないことだろう。
これが皇室のことだと言わずに話をすれば、100人中100人が「バカか」「無駄遣いも大概にしろ」と反射的に言う(思う)に決まっている。
それはもう秋篠宮殿下としては、「税金14億円で建物を建ててすぐ壊す」なんてことで国民の反発を喰らいたくはない、と思うのが正常な感覚だ。
だから、天皇家の私費である内廷費で賄うべきだというのは、とても筋が通っている。
むろん内廷費も、元はと言えば国民の税金から出たものだが……
ものすごく卑近な例を言えば、それは一般公務員の給料のようなものである。
元は国民の税金だとしても、そこから受けた給料を貯めて一世一代のパーティーを開くというのは、別に目くじら立てられるようなことではない。
(これにすら目くじら立てる人も、必ずいるだろうが。)
やっぱり秋篠宮殿下、「このままでは皇室はマズいのではないか」という危機感は、かなり(昔から)強く持っているような印象を受ける。
そしてたぶん、その危機感は正しい。
皇室と言えども、庶民の感覚にアジャストしなくては21世紀を生き残ることは難しい。
何と言っても、次の次の天皇は自分の子(悠仁親王)になるわけだ。
政教分離問題だろうと税金使用問題だろうと、とにかく一人でも多くの国民の心を皇室支持に繋ぎ止めなくてはならない。
それには一つでも、国民に叩かれそうなタネは減らした方がよい。
何と言っても、こともあろうに自分自身の娘の結婚相手のことで、芳しからぬ皇室ネタが世間に充満しているのであるから……