ついに、ドナルド・トランプ氏(共和党)がアメリカ大統領に当選した。
世界で最も有名な泡沫候補だった彼が、また投票日直前には対立候補ヒラリー・クリントン(民主党)に対する不利が伝えられていたにもかかわらず、けっこうな差を付けての堂々たる勝利である。
世の中、変われば変わるものだ。
さて、トランプほど国内外のメディアにボロクソ言われてきたアメリカ大統領候補もいない(と思う)。
ハリウッドの大物俳優・芸能人らはほとんどこぞって反トランプに回っていたとか、
アメリカの有力新聞社のうち社説でトランプ支持を表明したのは59社中わずか2社だとか、
アメリカの若者へのアンケート調査では、ヒラリーとトランプのどちらかが大統領になるくらいなら巨大隕石の衝突で地球が消滅する方がマシとの回答が23%に上ったとか(マサチューセッツ大学ローウェル校調べ)、
トランプが有力候補にのし上がったことについて「反知性主義の台頭」だと懸念したり批評したりとか――
まあ、さんざんな言われようであった。
トランプの支持層は、「グローバル化の恩恵を受けないか、むしろ犠牲となっている(と感じている)中流以下の白人」だとされている。
どうも世の中では、アメリカ人に限っては公然と「バカ」と評してよいことになっているようだが――
そういう「下流白人」は、反知性主義かつグローバル化に対応できない低能力者と決めつけてよいともされているようである。
この見方に立てば、当然ヒラリーが勝つことがアメリカの「良心・良識」を示すことであったし、このたびのトランプ勝利が「一時的な揺り戻しに過ぎないことを願う」と言いたくなるのも無理はない。
しかし私は、後知恵だろと言われればそうなのだが、トランプの当選こそが当たり前であり良識的でさえあったのではないかと思わずにいられないでいる。
かいつまんで言えば「反トランプ・ヒラリー支持」の人たちというのは、結局エリートセレブ階層に属する人たちではなかったろうか?
ハリウッドの俳優や芸能人は、もちろんセレブ階級である。
有力新聞社の記者も経営者も、やっぱりエリートセレブ階級であると一般庶民には見なされている。
ヒラリーとトランプのどちらかが大統領になるくらいなら巨大隕石の衝突で地球が消滅する方がマシだとか言うのに至っては、まさしくこれこそ「バカにするな」と言いたくなるような回答である。
誰が大統領になろうと、地球が消えてなくなるよりはずっとマシなのはわかりきっている。
こんな回答をした23%の人たちだって、トランプが大統領になるからと言って誰一人自殺しはすまい。
むろん「こんな回答、ジョークに決まってるだろ」(ネタにマジレスするな)と言って締めくくるのは簡単だが――
まともな人間が「こんなアンケート結果が出ました」などとニュースで聞けば、かえって投票意欲を高めるのが必定なのはバカにでもわかる。
(特に、トランプ支持に傾きかけていた人にとってはそうだったろう。)
どうもこの23%のアメリカの若者というのには、昔の日本で言う気取った“高等遊民”タイプの臭いがプンプン漂ってくる。
彼らもまた非エリート非セレブ階層にとっては、ハリウッド芸能人や有力新聞社員と同じエリートセレブ階層に映っている。
そんな彼らを嫌うのは庶民の(健全な)本能であり、もしそれがバカな反知性主義だと懸念するなり嘲笑するのだとしたら、日本における官僚批判なんかにもそういう対応をしなければならないはずである。
(ただ、そんな庶民の支持するトランプ自身が大富豪だというのは矛盾しているが――
しかし一面ではトランプは、やはり一代で独力で富を築いたアメリカンドリームの理想的体現者とも映っているのだろう。)
さて、もしヒラリーが当選していれば、アメリカ初の女性大統領が誕生することになっていた。
それが実現しなかったのを残念に思う人も多いだろうが、しかしその実現は同時に、「アメリカ初の、夫から妻への大統領職世襲」が実現することにもなっていたのである。
私は、これが現実にならなかったことただ一点だけでも、トランプが勝ってよかったのではないかと思う。
よりによってアメリカの大統領が世襲制になるなどというのは、ブッシュ親子の一回だけで充分ではないか?
(私のアメリカに対する好感度は、これによってかなり大きく下落したことがある。)
結局のところアメリカ国民は世襲を許さなかったことになるし、エリートセレブ層の言うことにもたいして影響されなかった。
これはむしろ、「アメリカには健全な民主主義が生きていた」ことになるのではないだろうか。
しかしそれにしても、「自分の思うようにならなかったら、そのことが根源的・道徳的に悪いと悪口を言う」というのは、全世界的・全人類的な心の動きであることがよくわかる。
イギリスのEU離脱のときもそうだったし、日本の裁判ではそんなことが何度も繰り返されている。
(⇒ 2016年6月24日記事:イギリス、EU離脱へ 「繋がりの時代」の終わり)
(⇒ 2016年11月1日記事:大川小学校津波訴訟の賠償判決と控訴-ポジショントークと「裁判ってそんなもの」)
人は誰でも民主主義者を自認するが、気に入らない結果が出れば簡単に民主主義にも疑問を呈したり欠点をあげつらったりするのである。
アントニオ猪木ではないが、「ファンほど薄情なものはない」とはよく言ったものだ。
ところで、トランプが大統領になることが日本にとっていいのか悪いのか、私には判断する力がない。
しかしトランプの言う、「日本が在日米軍の駐留経費を負担しないなら、アメリカ軍は日本から撤退する」というのは、極めてまっとうな考え方だと思う。
日本が攻撃されたらアメリカは日本を守る義務があるが、アメリカが攻撃されても日本はアメリカを守る(アメリカ側に立って参戦する)義務がない――
こんなのは、誰がどう考えたってトンデモない不平等条約としか言いようがない。
虚心坦懐にアメリカ人の立場になってみれば、「ふざけるな」とテーブルを叩いて出て行くのが当然である。
そういう当たり前のことを公然と言うからこそ、トランプは支持を集め当選できたのだろう。
トランプは政治経験のない素人だと言われる。
しかし一代で大富豪になったのだから、政治的能力は充分にあると見た方がよい。
ハッキリ言って、素人が政治のトップに立つ/立てるというのは、民主主義の最も重要な根幹である。
これを否定する人は、今すぐ民主主義者の仮面を捨ててエリート(貴族政)主義者になるべきだ。
もし素人はダメだというなら、我々はどんな選挙でも元官僚や元公務員や世襲政治家などに投票するのが正しく知性的だということになるのだから……
しかし懸念されるのは、トランプが今までの「現実政治の圏外で好き放題ものを言えていた立場」から、現実政治のド真ん中に入ることで、その持ち味・野性味が失われてしまうのではないかということである。
社会に出れば(国際政治に当事者として向き合えば)付き合いもあるし、そんなに破天荒・型破りなことばかりしてはいられない。
彼が言ってきたとおり、本当にメキシコとの国境に移民防止の柵を作れるかもまず疑問である。
丸くなったトランプというのは国際社会には安堵感を与えられても、彼の支持者が見たい姿ではないはずだ。
さて、最後に野次馬みたいなことを書いてしまうが、ヒラリーが勝つよりはトランプが勝った方が絶対に世界は面白くなる――
これは多くの人が思っていたことだったろうが、それは本当に現実化した。
世界には、まだまだエキサイティングなことが起こる余地があるのである。
この点やっぱりアメリカは、いまだ活力を保つ国であると言ってよいのではないだろうか。