12月17日、大阪市の雑居ビルに61歳の男がガソリンで放火し、(今のところ)25人を殺害した。
12月21日、横浜市営地下鉄の車内で、50~60代くらいの女が乗客の女性2人をハンマーで殴って逃走した。
毎日毎日、何年も前から日本では、こんなニュースばかりが流れている。
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もっとも我々が知らない(関心がない)だけで、世界のあちこちでこんな事件は毎日のように起こっているのだろう。
さて、こういう事件を起こす人たちをもし一括して呼ぶならば、それは「ヘンな奴」ということになると思う。
それはいかにも「軽い」言い方であるという印象だが――
しかし放火殺人の61歳の男は、2011年には既に自分の長男を殺そうとして逮捕、4年の懲役判決を受けている。
そしてそこに至るまでの彼についての報道を見る限り、確かに「真面目に働いていた」面はあるものの、やはりどこかヘンなところがあったようだ。
当然ながら女性2人をハンマーで殴った女もまた、捕まって調べてみればやっぱり周囲から「ヘン」と思われていたことがわかると思う。
そう、凶悪犯罪を犯す人間は、その前は「ヘンな奴」「アブナい気配の奴」と周囲に思われていた――
というのは、ほぼ確実な公式みたいなものではなかろうか。
そこで誰もが思うのが、
「そういうヘンな奴は、先手を打って何らかの処置をすべきだ。
そういう予防が一番大事だ」
という考えである。
今まではこういう考えこそ「アブナい」と言われていた。
ヘンな奴をどこかへ閉じ込めないでおいたあげく、ついに凶悪犯罪で死者が出る……
これはいわば、我々が自由であるための「血の代償」みたいなものだ。
あなたは鼻歌を(やや大きな音で)歌う癖があるかもしれないし、独り言を言う癖があるかもしれない。
しかし、それで警察が家に来て「ちょっと病院に行こうか」と言われることはない。
我々がそういう自由の身である代償として、ヘンな奴に対する予防措置はなされない。
ではこういう代償は、年に何人くらいまでなら我々は払う気があるか。
年に50人か、100人か?
どうも最近の雰囲気では、いよいよ日本人も血の代償を払う気がなくなっているような感じである。
「ヘンな奴」がまだその程度で済んでいる間に、厳しい予防・監視措置をとるべきだ――
そう考える人は、もう過半数を超えているのではあるまいか。
そこで思いつくのが、「悪名高い」今の中国の監視社会・統制社会のことである。
日本人はまだ、自分の国が中国のような監視統制社会になってほしいとは思わないだろう。
だがそれも、それで「ヘンな奴」の脅威を減らせるなら、徐々に(または急激に)受け入れていくのではないか。
今の中国で本当に凶悪犯罪が減らせているのかどうか、私にはわからない。
(今の中国から監視統制を取り除くという、対照実験ができないからである。)
しかしこういう事件が毎日毎日続いていれば、いずれ日本人の多くは「監視統制社会はやむを得ない」と思うようになりそうである。
今までは「アメリカで起こった(行われる)ことは、やがて日本でも起こる(行われる)」と言われてきたが……
これからは「中国で行われていることは、いずれ日本でも起こる」というようになるのだろうか。