Amazonプライムビデオは、国際政治学者の三浦瑠麗 氏(39歳)を、そのCMに起用した。
しかしこれに反発する人たちが「#Amazonプライム解約運動」を起こし、
それによりAmazonプライムは、彼女の出演CMを公式YouTubeから削除した。
(⇒ バズプラスニュース 2020年8月18日記事:【衝撃】三浦瑠麗のCM動画をAmazonプライムが公式YouTubeから削除 / 批判者の圧力に屈したか)
(⇒ 日刊ゲンダイ 2020年8月19日記事:Amazonプライム解約運動 三浦瑠麗なぜここまで反感買った)
さてこのブログでは、なぜ人は商業CMに政治的主張を盛り込みたがるのか、ということについて記事を書いたことがある。
tairanaritoshi-2.hatenablog.com
しかし今回は「政治的主張」ではなく、「政治的主張をする人」をCMに起用した、という案件になる。
三浦氏は「徴兵制導入」を公言し、なんでも「ネトウヨの姫」と呼ばれて(讃えられて)もいるそうだ。
誰でも不思議に思うはずだが、なんでまたAmazonともあろう地球的大企業が、その日本法人が、このようなリスキーな人選をあえてするのだろうか。
これが炎上の火種になりかねないくらい、なんだか中学生でもわかりそうではないか?
日刊ゲンダイの取材によれば、三浦氏を起用した経緯は「経営上の機密事項なので申し上げられません」とのこと。
そしてITジャーナリストの井上トシユキ氏によると、彼女は「安倍首相べったり」の「取り巻き」の一人だと――
そしてAmazon自体も、安倍首相にすり寄っている(と見る人もいる)らしい。
だが私にはそれとは別に、彼女をCMに起用した経緯がわかる気がする。
まず、「たまには芸能人以外の人も起用しないとな」という意識がある。
そして次に、芸能人以外で知名度のありそうな人物を探す。
(ここで「無名の人をチョイスしよう」とは、ほぼ全ての場合でならない。)
そこで目に付くのが、「そこまで言って委員会」などで確かに世間に顔が売れ知名度のある、三浦瑠麗氏である。
いや、だが、他にそういう人は何人もいるはずなのに、なぜ三浦瑠麗氏なのか。
むろん言うまでもなく、彼女が「美人」だからである。
彼女を美人だとは思わない、という人が多いのは、わかっている。
なぜなら人は、嫌いな女について美人だということを認めたくないからである。
まるでそれが、嫌いな女の人格を褒めたような気がして、矛盾を犯したくないからである。
あなたにもきっと嫌いな女性がいるだろうが、たとえ彼女が客観的には美人のうちに入ると感じても、ほぼ間違いなく少なくともあなただけは、美人だと決して言いたくないだろう。
この意味で女性の場合、容姿と人格は明らかに密接な関連がある。
一体不可分と言っていい関係がある。
これが人の心に「美人資本主義」が根付いていることの、一つの証拠(症例?)である。
この「美人資本主義」についてはこのブログでも何度も書いてきたので、興味があれば検索されたい。
そしてこの美人資本主義からは、Amazonのような地球的大企業でさえ逃れられない。
もし三浦氏が美人と言いがたい顔であったら、Amazonプライムは彼女をCMに起用しただろうか。
知名度があり政治的主張をする点では、田嶋陽子氏もほとんど同じようなものであるが――
Amazonプライムは田嶋陽子氏のCM起用も検討したと、あなたはわずかでも信じられるだろうか。
いや、そもそも、こういうこと言っては何だが……
三浦氏が今と全く同じ主張をし、同じ本を出していても、
もし彼女が不美人なら、ネトウヨたちは彼女を「ネトウヨの姫」扱いしただろうか。
いやいやそれ以前に、テレビに出ること自体があっただろうか。
もちろん、Amazonプライムとしては――
もし「美人の」「テレビに出て知名度のある」「理系の」「政治的な無色な」学者がいれば、迷うことなく彼女を起用しただろう。
しかし残念ながら、今の日本にそういうリケジョ学者はいないのである。
いない、ということなのである。
その意味で、例の小保方晴子氏がアッという間に世間から姿を消したのは、日本のメディア界にとって大きな損失であった。
政治的主張をしない「芸能人以外の」「美人の」学者、というのは今の日本のCM界が渇望する人材であり――
もしそんな人が現れたら、市場独占・ポジション独占も夢ではないと思われる。
「美人資本主義」は、ただの資本主義や社会主義よりはるかに強大な思想かつ経済体制である。
それはAmazonどころか、全人類を喜んでその支配下に収めてしまうことだろう。
これに対抗できるのは、おそらく厳格イスラム圏くらいである。