先日の成人式で、着物販売レンタル会社「はれのひ」が電撃閉店(?)したことで、何百人もの女性新成人が晴れ着を着られなくなりパニックになったことは、まだ記憶に新しい。
そこで横浜市が「成人式に出られなかった人のために成人式をやり直す」と報道されたり、横浜市自身は「そんなこと検討してない」と困惑したり、余波はまだ収まっていない。
この事件については、多くの男性も「酷い話だ」「可哀想だ」ともちろん思いはするだろうが――
しかし、晴れ着がないから成人式に「出られなかった」とか、「呆然として」「泣きじゃくった」りした女性の気持ちというのが本当に心底わかる男性というのは、ほとんどいないと思われる。
男性にしてみれば、(カネを失ったことは別として)そんなことがそれほどまでにもショッキングには感じられないものである。
(大半の男性は、もし友達と一緒に来ていれば「しょうがねぇなあ」と笑って出席するだろう。)
さて、私自身は成人式に行かなかった人である。
わざわざ大学の下宿先から(カネを使って)帰省してまで行きたいとは思わなかったし、
行かなかったのを後悔しているわけでも全然ない。
しかし私でない大勢の人にとっては――特に女性にとっては――、それは当然行くべき、人生での最重要イベントの一つのように思われているものらしい。
特筆すべきは、その成人式というのは純粋な官製イベントだということである。
(新成人の実行委員会が自主的にやっているのかもしれないが、自治体という官が主催していることには変わりない。)
普通は官製イベントなんていうのは、「誰がそんなの行くか」とバカにされるものだ。
「官のやること」なんてロクなものじゃない、と思うのが“普通の”日本人というものである。
しかしそれにもかかわらず、成人式という官製イベントはこれほどまでに普及し――
女性にとっては、人生の一大事であり一代の晴れ舞台という地位を占めるようになった。
「晴れ着を着て成人式に出る」というのは、もはや女性の「人権」問題にまでなっている。
(それは確かに、女性の7人に1人は生涯結婚しない/できないのだから、晴れ着を着ることは一生に一度の成人式しかないという人も実際多数に上るのではあるが……)
たとえ誤報かもしれないにしても、晴れ着を着て成人式に出られなかった人のためにもう一度やり直そうかという話まで報道されるほどなのだ。
これを、「メガヒット官製イベント」と言わずして何と言おう。
バレンタインデーもクリスマスハロウィンも、それに参加することが「人権」とまで感じられる地位にはかつて到達したことがなかったし、これからもないだろう。
日本における成人式はまさに、「官製イベント」すなわち「官」の大勝利である。
しかもその「官」は国でさえなく、地方自治体レベルである。
それが主催するイベントにみんな喜んで自主的に参加するのだから、中国共産党や朝鮮労働党は、もしこんなことを知れば羨ましくて仕方ないのではないか。
全世界の地方自治体関係者は、この日本のメガヒット官製イベントをぜひとも研究すべきである。
日本の成人式は、そこらの民間イベントや商業イベントをはるかに上回る大成功を収めている。
一体どうやったらこんなことが可能なのか、民は官に鞠躬如として学ぶべきである。
「官は民に劣る。官が民に勝っている所は一つもない」というのは、日本人の共通認識になっている。
しかし成人式の圧倒的な隆盛は、そういう認識が間違っているという明らかな証拠である。
いかなる民間イベントも、成人式ほどの成功を収めることは決してなかった。そしてこれからもないだろう。
成人式は、官が大ヒットを――個々人の人生の一大事までを――生み出すことが実際にできるという、日本史上に燦然と輝く金字塔である。
官の民に対する、偉大な勝利の記念碑である。
“荒れる成人式”がニュースになるたびに「成人式なんか止めちまえ」という人が大勢出てくるが、もちろん成人式が廃止になるわけがない。
(たぶん、「成人式なんか止めろ」と言う人のほとんど全員が男なのだろう。)
これほど定着し待ち望まれているイベントを止める勇気のある自治体は、日本に一つもない。
官製どころかあらゆるイベントの頂点に立つ成人式は、ひょっとしたら22世紀になってもまだ続いているのかもしれない……