一国の大統領にふさわしいのは、どんな人か。
この漠然さを少しでも緩和するため、「どんな職業の人が大統領にふさわしいのか?」と言い換えてみよう。
元官僚、社会学者、市民運動家、プロレスラー、スポーツ選手、農業者、学校教師、大学教授、作家や詩人……
どうも、ありとあらゆる職業を列挙してしまうことになるので、あまり漠然さはなくならないようだ。
しかしながら、もしそれでも「最も大統領にふさわしい職業」を選ぶとすれば、必ず選ばれて然るべき職業ないし地位がある。
それは、「大成功した実業家・会社経営者」というものである。
彼(彼女でもいいが)には間違いなく実行力があり、進取の気性がある。
交渉力も統率力も、およそ一国の指導者として必要とされる要素は、ほとんど全て兼ね備えているはずである。
だってそれは、実績で証明されているではないか?
なるほど、「何にでもかんにでも秀でている」などという人間は絶対にいない。
しかしいくら何でも、大統領が万能の天才であるべきだなどと要求する人もまたいない。
極めて重要なのは、「大成功した実業家・会社経営者」は、その能力を事実で証明済みであることだ。
この点、その他の地位・職業にある人は、全く太刀打ちできないと言ってよかろう。
現代の日本では特に、「民間の経営感覚」という言葉が非常によく使われる。
政治家や官庁を批判するときは、必ずと言っていいほどこの言葉が浮かぶはずである。(むろん、あなたの頭にもだ)
「大成功した実業家・会社経営者」は、この点でも全然欠けるところがない。
というより、彼ら/彼女ら自身が「民間の経営感覚」の権化である。
それならば我々は、一も二もなく彼ら/彼女らを一国の指導者として押し立てるべきではあるまいか。
彼らほど指導者に向いている(とわかっている)人が、いったいどこで見つけられるだろう?
しかしながら不思議なことに――
我々は、大実業家がどこかの国の大統領や首相になったなどという話をほとんど聞かない。(あなたはありますか?)
いや、それどころか日本に限らず世界中の人民は、大実業家(昔風に言えば大商人)がそういう地位に就くことを警戒し、拒絶しているようにさえ感じる。
そういえば我々は、あれほど賞賛され仰ぎ見られる故スティーブ・ジョブズやピーター・ドラッカーらが、「もし彼らが大統領だったらどんなにいいか……」などという声をなぜか聞くことがない。
日本における「ビジネススーパースター列伝」の二大スターと言えば松下幸之助と本田宗一郎だろうが、「もし彼らが日本の総理大臣だったら」というシミュレーションは、マンガなどの娯楽分野でさえなされることがない。
これは一体、なぜなのだろう。
アメリカの共和党も民主党も、どうしてビル・ゲイツらに出馬要請しないのだろう。
そしてなぜ日本人は、孫正義とかその他のビジネスヒーローたちが政界に進んだり総理大臣になったりするのを、喜ばしいことと思わないのだろう。
(そう、きっとあなたも、そんなことには拒絶反応を示すはずなのだ。)
まるで江戸時代日本の「士農工商」制が、人民の意識の中では全世界的に広がっているかのようではないか?
ひょっとしたら日本では、「誰が一番総理大臣や政治家にふさわしいと思うか」と聞かれれば、「先祖代々政治家をやっている人」というのが多数意見を占めるのかもしれない。
そしてたぶん小泉進次郎氏(小泉純一郎・元首相の子)なども、いずれ政界の中心に(国民多数の支持で)食い込んでくるのだろう。
それがおそらく、日本型民主主義と呼ばれるものなのだろう。
私がトランプ大統領について最も興味深いと思うことは、彼がついに登場した「商人大統領」である点である。
私はアメリカ人の心性に詳しいわけでは全然ないが、きっとアメリカ人にも「大商人が国の最高指導者になる」ことに対する嫌悪や警戒・恐れはあったはずなのだ。
それにも関わらず、トランプは当選した。
これは先に述べたように、ごく客観的には「最も大統領に適した資質・実績を持つ者」が大統領に選ばれた――つまり「最良の選択」であったはずである。
しかしもしトランプが、品格も能力も全然ダメダメな男であったとすると……
それは「大成功した実業家・会社経営者」というカテゴリー全体が、“大統領には向いてない”ものだという可能性が非常に高くなる。
神のごとき故スティーブ・ジョブズも、ビル・ゲイツも、その他綺羅星のごときビジネススーパースターたちも――
しょせんは商人の才覚があるに過ぎず、一国の指導者なんてとても務まらないなんてことになりかねない。
では、もし彼らさえも大統領に向いてないなら、誰ならいいのか……
漢の高祖(劉邦)は、別に戦争に強いわけでも計略に明るいわけでもなかったが、ただ「将に将たる器」と言われたらしい。
それはそうであって、きっと現代でも「将に将たる人間」が最も指導者にふさわしいというのは間違いない。
しかし問題は、どうやってそれがわかるのか、ということである。
しかもそれを実証しているはずの、「大成功した実業家・会社経営者」でさえダメだとしたら……
最高指導者にAI(人工知能)を戴く、という暗黒SFじみた未来は、案外現実味を帯びているのかもしれない。
それを人民自身が望むということも、決してあり得ないことではないと思うのである。