消防本部側入口側からの城門をくぐると、天守への行き際は二つに分かれる。
左なら180メートルで天守に着く最短コースだが、傾斜のきつい階段になるらしい。(右なら児童公園経由でなだらか)
こういう場合、私は迷うことなく左を選ぶ方である。
確かに石階段はいささかきついのはきついが、近所の神社の階段など上り慣れているならばどうということはないだろう。
(むろん年寄りにはかなりキツそうだが……)
そして登り切ったところに、いよいよ天守閣の鎮座する「山頂部」がある。
天守内部の観覧開始時刻は朝9時なのだが、このときまだ8時40分ぐらい。
よってタバコでも吸うかと灰皿があるか見渡すと、そう広くもない広場の至る所に灰皿ボックスが設置されているというタバコフレンドリーな環境だった。
愛煙家にとっては実にありがたい環境、嫌煙家にとっては実にけしからん環境と言うべきだろうか。
ところで近くによって天守を見ると、なるほど事前にコンパクトな規模とは聞いていたが、聞きしに勝る小ささである。
人の大きさと比べてみると、そこらの小規模アパートの高さ・幅とあんまり変わらない――いや、それ以上に小さいことがわかる。
なお、観覧入口に置いてある城パンフレットによる天守閣のスペックデータは――
高さ15.72メートル、1階軒面積212.75㎡。
(江戸期以前から残る天守は国内に12しかないが、その一つ。)
さて、観覧開始は9時からなのだが、実際はその10分くらい前からオープンしてくれたため、中に入ることができた。
そして再び驚くのが、その小ささ。
1階は一番広いはずなのに、何というあっけない小ささだろう。(中央1室の四周は廊下のため、よけい中央1室が狭くなる。)
また三度驚くのが、上に上がる階段の急傾斜ぶり。
なるほど昭和40年代くらいまでの2階建て家屋にはこんな急傾斜階段の家が多かったものだが、これこそ高齢者泣かせの坂と言える。
しかし宇和島城は3階建てなので、階段を上るのはわずか2回のみ。
その最上階も他の城のように(ベランダのように)広々と外を展望できるわけでなく、狭間のスキマから覗き見るしかない。
結局のところ私の場合、わずか10分程度で観覧を終え天守閣を出ることとなった。
ここで思わざるを得ないのが、「天守閣は城の最終防衛拠点」とのイメージである。
この小ささでは100人も立てこもることはできず、戦闘行動を行うとなれば(スペースが必要なので)さらに人数は少なくなる。
とはいえ考えてみれば、天守閣の攻防戦を行うということは、もう敗北寸前/敗北決定ということである。
だから天守閣の収容力・防御力を堅くしたとて、まるきり何の意味もない。
よってもし実戦となれば、天守閣は「倉庫 兼 望楼(ウォッチタワー)」としてしか使われない/使い道がないのではなかろうか。
天守閣の防備にカネと資源を使うなら、外郭の防備にそれらを回した方がはるかに実益がありそうである。
また少なくとも天守は城の中心にあるので、そこに備蓄した物資を四囲の外郭前線に届けるには最適の位置にあると言える。
しかし天守閣の最大の効用および目的は、やはり配下武士・領民たちへのアピールにあるだろう。
現代でさえ市民がその光景を誇りに思うことがあるのだから、昔の人はもっとそうだったのではないかと思う。
そしてそのランドマークとしての役割は現代でも立派に役に立ち、私のような観光客を引き寄せているわけでもある。
その意味で天守閣とは、やっぱり城の最重要施設である。
たかが10日くらいのオリンピックごときのために、体育館や会場を何百億円もかけて整備する――
誰が費用負担するのかという議論はあれ、そんなのを建てること自体には目立った反対が見当たらないのは、いったいどうしたことなのだろうか?