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プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

社会、ニュース、歴史、その他について日々思うことを書いていきます。【プロレス・格闘技編】はリンクからどうぞ。

「#保育園落ちた日本死ね」は「日本土民蜂起の初めなり」か? その1

 いまさら遅いと思われても仕方ないが、例の「保育園落ちた日本死ね」について感想を少し。

 2016年2月15日にはてな匿名ダイアリーに投稿されたそれは、東京都在住の30代前半の女性によるものだという。

 彼女にインタビューしたJ-CASTニュース2月22日記事によると(それにしても、どうやって彼女を見つけるのだろう。朝日新聞も接触したというが)――

 事務職会社員である彼女は3月で1歳になる息子がおり、育児休暇が終わっていざ働こうと思ったら保育園に落ち、「理不尽さを感じて、独り言のつもりで投稿した」らしい。

 その全文は次のとおり。

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何なんだよ日本。

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

昨日見事に保育園落ちたわ。

どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。

子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?

何が少子化だよクソ。

子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ。

不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。

オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。

エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ。

有名なデザイナーに払う金あるなら保育園作れよ。

どうすんだよ会社やめなくちゃならねーだろ。

ふざけんな日本。

保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。

保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。

国が子供産ませないでどうすんだよ。

金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。

不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ。

まじいい加減にしろ日本。

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「女性にしては乱暴な言葉遣い」と思う人は多いだろうが、女子プロレスを見慣れている人にとっては驚くようなことではない。

 別に女性が丁寧な言葉遣いでものを考えているわけではないし、そんなのを期待するのは幻想である。

 それはともかく私の立場としては、少子化って解決を図る問題ではないと思う。

 子どもを産むか産まないか、産みたいと思うかどうかは百パーセント個人の勝手であり、他人(つまり国)がどうこうするような話ではない。

 保育園が増えたら、待機児童問題が解決すれば、出生率が目に見えて上がるものかどうか、かなり疑わしいとも思っている。

(結局みんな、それほど多くの子どもが欲しいと思っていないのではないか? たぶん「社会通念」としては最大3人だろう。)


 しかしこの投稿、すさまじい支持と共感を集め、大きな社会問題・政治問題になってしまった。

 ただ一人の、無名・匿名の一女性の投稿がこれほど社会に広がり、現実政治にも巨大なインパクトを与える――

 すでに長いネットの歴史の中でも、これは特筆すべき出来事である。ひょっとしたら、初めてのことかもしれない。


 ここで私が連想するのは、あの日本史の教科書に必ず出てくる『正長の土一揆――

 室町時代の1428年(正長元年)、足利将軍名で言えば5代・義持から6代・義教への変わり目。

 近江国の坂本・大津の馬借(当時の運送業者)が借金の帳消し・棒引き(これを“徳政”という)を求めて蜂起。

 騒乱は畿内一帯に拡大し、借金に苦しむ庶民たちが酒屋・土倉(当時、金融業を行なっていた)を襲撃して勝手に借金を取り消した。(これを“私徳政”という)

 このことを記したのが有名な『大乗院日記目録』(著者は僧侶の尋尊)の一節で、

 そこには「天下の土民蜂起す ~ 日本開白(開闢)以来、土民の蜂起之(これ)初めなり。」とある。

 そして現在も、史上最初の農民一揆という扱いになっている。

 「保育園落ちた日本死ね」は、まさに「日本ネット開闢以来、土民の蜂起これ初めなり」に当たるのかもしれない。


 さて、続けて思うのだが――
 
 私の住んでいる地域では、保育園が足りないとか待機児童問題が深刻だなどということは全然なく、逆に保育園は次々廃止・統合されていっている。

 むろん、子どもの数より保育園が多すぎたからである。

 待機児童について知識はないが、たぶんそんな問題自体がないのだろうと思われる。

 そしておそらくこの御時世、日本全国のほとんどはこれと同じ状態なのではないだろうか?

 同じくJ-CASTニュース2月22日記事によると、全国の待機児童は2万3,000人(2015年4月1日現在。厚生労働省による)、東京が一番多くて7,800人以上という。

 正直、「たったそれだけなのか」と思う。

 いったいこれは、全国的な社会問題なのだろうか。

 「保育園落ちた日本死ね」に寄せられるものすごい支持と共感は、本当に国民的なものなのだろうか。

 それは首都圏や巨大都市圏という、ごく限られた局地的な話ではないのか。(しかし、それでも2万3,000人だ。全国の同年代子ども数の数パーセントである。)

 ところがネットを見ていると、まさしく国民的な話題・問題としか見えないのである。

 これは推測に過ぎないが、保育園にすんなり入れる地方のお母さんたちでさえ「保育園落ちた日本死ね」に“共感”し、大きな社会問題だと思っているのではないだろうか?