いまアメリカ映画俳優組合と全米映画テレビ制作者連盟が紛争になっており――
前者によると、後者は「エキストラ(いわゆる群衆・モブキャラ)役をAIでスキャンして1日分の出演料だけ払い、その映像や肖像を制作会社が所有して永久に使用できるようにすること」を提案してきたという。
もちろんというか後者は、そんなことは言っていないと真っ向から否定しているらしい。
(⇒ CNET Japan 2023年7月18日記事:米映画連盟、エキストラをAIで複製し永久使用することを提案か--俳優組合はストライキ)
どちらの言い分が本当なのかは別として、この「提案」というのは非常に興味深い。
むろんあなたが映画を、それも登場人物が10人くらいだとかいうのではなく、それなりの規模の映画――
いや「街中」「道行く人々」が出てくるシーンのある映画を撮ろうと思えば、必ずやエキストラなりモブなりにかかる経費や手間を削減したいに決まっているからである。
ハリウッド風アクション映画では絶対に街中で銃撃とか逃走・追跡とかするシーンがあるものだが、
あれに出てくる群衆役を集めるのにも、結構な経費と手間がかかっているはずである。
それをAIキャラでたちどころに代替できたら、どんなにかカネも労力も節減されることだろう。
これが安価で簡単に可能となれば、あなたや私も数万人の大軍勢が激突する超大作史劇スペクタクルを、一人か少人数のチームで制作することが可能になるかもしれない。
まさに「あなたも超大作映画が作れる」の世界である。
そして、思うに――
そんなことを可能とするには、何も「一度はエキストラ役の俳優たちを集める」ことも必要ないのではないか。
インドやインドネシア、東京や上海、パリやロンドンやニューヨークの群衆を撮影し、それをAIに読み込ませて「全員が人物合成された架空の人物ばかりの群衆」を無限生産するのは、そんなに難しいことだろうか。
おそらくそれは肖像権の問題にはならず、いわゆる「ビッグデータ」の仲間になると思われる。
特定の人物をそのまま使わず、他の何百人・何千人と混ぜ合わせて生成した姿であれば、もはやその成分となった個々人を特定することはできないと「見なされる」だろうからである。
(しかしそれでも、実在の人間の「そっくりさん」が生成される懸念は残るが……)
(⇒ 2023年6月28日記事:生成AI作・児童の性的虐待画像と「そっくりさん」肖像権問題)
そして、このやり方を大手映画が導入したとすれば――
それで浮いたカネは、主演男優・主演女優に回されると考えられる。
つまりトップ俳優とモブ俳優の差は、今よりさらに拡大する。
それどころかモブ俳優は、もはや絶滅に追いやられる。
こうなると次に来るのは、主演俳優も含めた全ての人物をAI合成で作成する「フルCG映画」ならぬ「フルAI映画」だろう。
それが登場するのは、そんなに遠い将来ではない。
しかし誰もが思うように――いかに俳優のバカ高いギャラを節約した安上がりの製作費であろうとも――、そんな映画が「本物の人間が登場する映画」を駆逐することはないだろう。
やはり人間は、本物の人間の出てくる映画を――
正確には本物の人間スターの出てくる映画を求め、もてはやしたがるに決まっている。
そういう人間の性格が変わらないかぎり、世界のトップ映画スターの得る報酬は、まだまだ上がっていくのではないかと思うのである。