6月30日、注目されていた「ふるさと納税訴訟」の判決が最高裁で出た。
結果は、高裁で敗訴していた泉佐野市の逆転勝訴。
高額返戻品を規制した「ふるさと納税新制度」から泉佐野市を除外していた総務省の決定は、取り消されることになった。
さて、この判決は、「そりゃそうだろう」というものである。
むしろ高裁で国(総務省)が勝ったことの方が不思議で、その意味でむしろ総務省側は善戦した、と言っていいほどだ。
泉佐野市の勝訴が当然であった理由は、たった3点に集約されるだろう。
(1) 泉佐野市の「荒稼ぎ手法」は、当時は違法ではなかった。
(2) 高額返礼品を規制した地方税法改正以前に総務省が出した(高額返礼品規制の)「通達」も「要請」も、「法律」ではなく強制力はなかった。
(3) 改正地方税法に限らず、法律というものは遡及適用禁止である。
よって、法律で禁止されていなかった頃の荒稼ぎ手法を、遡って違法だとしてペナルティを科すことはできない。
私は別に行政法をとことん勉強したわけではないが、
しかしこれくらいのことは、誰だってすんなり納得できるというものだ。
泉佐野市の言うとおり総務省の新制度除外決定は「後出しじゃんけん」に他ならず――
実のところ総務省の中の人たちも、「こんなの訴訟で勝てるわけないだろう」と思っていた人の方が多かったのではないか。
高裁で勝ったときも、むしろ「え、そうなの?」と意外に思ったのではないか。
これは例えて言えば、
「法の不備を突いた節税対策が法改正で禁じられたからといって、
その法改正前の節税対策を違法だとして告発して罪を負わせる」
ようなものである。
私だったら、こんな訴訟で国側の弁護士は引き受けたくない。
(とはいえ、敗訴でもそれなりの報酬金はもらうのだろうから、それでもいいが……)
ところで泉佐野市、勝ったとはいえ「世間の評判」の方は別である。
世間の人たちも、泉佐野市が勝訴したのはそりゃそうだろうと思うにしても、
それでも泉佐野市のやったことは「あざと過ぎるし、臆面もなく稼ぎ過ぎ」だとして白い目で見る人が多いと思われる。
しかし同時に、泉佐野市は「商魂たくましい、やり手の自治体」だという評判が定着することも事実だろう。
そしてプロレスを見慣れた人にはよく知られているように、「悪名もまた、名声」である。
悪名が高いのは、無名なのに勝る。
これはメディアの発達した現代において、過去のどの時代よりいっそう真理となっている。
泉佐野市は、
法の不備を抜け目なく突く能力がある、
阿漕なまでに不敵で、
国を敵に回しても戦う胆力のある、
「やり手の自治体」である――
そういう評価が確立したとすれば(したと思うが)、これはもう今回の「ふるさと納税大戦争」は、泉佐野市の全面勝利と言うしかあるまい。
同市のふるさと納税担当課の意気も、天井破りに上がっているだろう。
つくづく総務省は、悪手を打ったものだと思う。