ダ・ヴィンチニュースに、今度出版される百円ショップ「ダイソー」社長・矢野博丈(やの ひろたけ)氏の本『百円の男 ダイソー矢野博丈』(大下英治・著、さくら舎)の紹介記事が載っていた。
たとえダイソーの名は知らなくても、百円ショップの存在と名を知らない日本人はいない。
ダイソーはその先駆者で、業界最大手の“百円ショップの帝王”である。
ダイソーの百円ショップはもはや、単なるチェーン店と言うよりは(確かにコンビニまでは行かないが)日本人の準ライフラインの一つとも言える存在だろう。
その創業者(で現社長)の矢野氏の一代記がこのたび本になったわけだが――
おそらく多くの読者はすでに、その豊臣秀吉やトンパチなプロレスラーをも凌ぐようなジェットコースター人生を聞きかじった(読みかじった)ことがあるはずである。
矢野社長は夜逃げ経験者で、リヤカーで物を売り歩く行商人であった。
それがいまや、国内外5000店舗と年商4200億円を誇る大企業の総帥である。
(それでいて矢野社長は、極端なまでの悲観主義者として有名だ……)
ただ矢野社長は、ついに「株式上場」と「後継者へのバトンタッチ」を考えているようである。
さて、上記の新刊紹介記事を読んで抱くのは、「男は度胸、女は愛嬌」という古い?言葉は――
女は愛嬌が決め手なのかどうかは別として、男は度胸が決め手だというのはやっぱり完璧に正しい、という感想である。
「度胸」とは、人間界で最も重要な属性である。
その重要度は、「頭の良さ(知力)」をはるかに上回るものがある。
私は矢野社長の知力を侮るものでは決してないが――
しかし矢野社長は、勉強しても東大や司法試験には受からないし、MBA(経営学修士号)もまずは取れない人だと思う。
だがそんなのは物の数ではないのである。
矢野社長は、ほとんど全ての東大卒業生や弁護士・MBA保有者よりも、はるかにずっと巨大な富と影響力を築き上げた。
(なんたって、新しい業態と広範な社会インフラを創造したのだ。こんな人は世界中を見渡してもごく少数だろう。)
おそらく矢野社長はリヤカー時代を過ぎてからも、
「ボストン・コンサルティンググループのプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント」
や
「アンゾフの成長マトリクス」
なんてものを聞いたことはなかっただろう。
ポーターやコトラーやミンツバーグなんて名を聞いても、「誰それ?」と聞き返したのではないだろうか。
(少なくとも、自分からそんなのを知ろうとしたとは想像しがたい。そんなのを勉強するヒマはなかったはずだ。)
しかし(我々に希望を持たせるかのように)、そんなのをまるで知らなくたって商売はできる。
リヤカーの行商から日本有数の大企業(規模はともかく、名声や浸透度は超一流である)に成長することは可能なのだ。
思えばビル・ゲイツも故スティーブ・ジョブズも、別にMBAの勉強をしたわけではなかった。
世界の名だたる起業家&大富豪の中で、そんなことをした人は全然例外的である。
彼らには、そんな勉強を(自分で)やってるヒマはない。
いや彼らほどでなくても、そしてMBAが何の略か全然知らないし知る気もないとしても、世の優良中小企業の社長さんにはMBA修士よりずっと金を稼いでいる人がゴマンといる。
「いくら頭が良くたって、それほど頭の良くない奴にしばしば(収入的に)負ける」――
これは神童と呼ばれる人たちにとっては悲劇だが、やはり人間社会の妙味と言えよう。
では、それほどまでに頭が良くなくても成功するという人は、そうでない人と何が違うのか。
その答えこそ「度胸」である。
早い話、そもそも度胸がないのなら、いまの職を辞めて起業すること自体ができない。
これが原因で(意に染まぬ)勤め人暮らしを続けている人がどれほど多いか、たぶん空恐ろしいくらいだろう。
あなたは(私もそうだが)、いまの職を失ったらリアカーを引いて行商する度胸があるだろうか。
たいていの人はそんな度胸はなく、やっぱりハローワークに行くものである。
しかしそれも、やむを得ないことである。
別に矢野社長やビル・ゲイツに比べて自分が下だと卑下しなくてもいいのである。
なぜなら度胸があるかないかは、ただの偶然――
そんな度胸を持って生まれてくるか来ないかは、完全に偶然の結果だからである。
残念ながら度胸なく生まれてきた我々は、度胸ある成功者を見て卑下しなくてもいい。
しかしだからといって、まるで「勤め人だけがまっとうな生き方で、そうでない人はロクでもない/人の道を踏み外した人間」みたいなことを思ったり言ったりしないようにしたいものだ。
こういう人間もまた、世の中に(あなたの身近に)どれほど多くいるか空恐ろしいくらいなのだが……