プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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カタールがOPEC脱退-原油国家カルテルの崩壊はいいこと

 中東の小国カタールが12月3日、来年1月にOPEC石油輸出国機構)を脱退すると表明した。

 これは、日本にとって朗報のはずである。

toyokeizai.net


 思えば昔は「オペック」という言葉をテレビニュースで聞かない日がなかったくらいに記憶しているが、最近はめっきり聞く機会が減った。

 それだけ世界経済における重要性が低下したのだろう――

 と感じるのは短絡に過ぎるかもしれないが、そもそもこのOPECというもの、

原油価格が下がり過ぎたら産油国みんなが困るので、生産調整して原油価格を(ある程度)高いままに保っておこう」

 という、民間企業がやったら独占禁止法違反(カルテルの形成)に問われること請け合いの組織である。

 世の中には「民間がやったら犯罪だが、国家がやるのは許される」ことが多数あるものだが、これはその典型と言えようか。

 こういうものから脱退国が相次いで価格競争が生まれるのは、むろん消費者(原油輸入国)にとっては結構毛だらけのことである。


 とはいえカタールという国、実はイスラム過激派への支援を行っているとされている。

 そして去年の6月には、サウジアラビアバーレーンアラブ首長国連邦UAE)、エジプト、イエメン、モルディブの6カ国が、実際にカタールと断交してもいる。

tairanaritoshi-2.hatenablog.com

 

tairanaritoshi-2.hatenablog.com


 もちろん今後カタールは生産調整に縛られることなく原油の増産・増輸出を図るだろうが――

 だからといって日本がそれを買っていいか、というのはやや悩みどころである。

 しかし直接カタールから買わなくたって、今回のことで原油価格が下がるのは下がるだろうから、やはりこれは我々のような庶民にとっても恩恵のはずだ。


 そして自国のジャーナリストを自国の在トルコ大使館で殺害するという、(意味不明なくらいの)大ヘマをやらかしたサウジアラビアとサウド王家……

 その未来は、やっぱりそんなに明るくはなさそうである。

 もともと日本人(の中の、サウジアラビアという国にいささかでも関心のある人たち)の大多数は、サウジアラビアについて

「石油の切れ目が運の切れ目」

 というような印象を持っていたと思われる。

 最近の流れを見ていると、そういう単純極まる感想が、実は正確な未来予測なのではないかと思わないでもない……

「やっぱり結婚・出産は損」の雰囲気が日本を覆う-良き父・夫、良き母・妻がこんなメンドクサイならば

 お笑い芸人のオリエンタルラジオ中田敦彦(2児の父)氏が、

「良い夫を止めました」

「妻とは別れていい」

「別れたら子どもの親権は妻に渡していい」

 と宣言したそうで、それについて「偏差値29から東大に合格した」杉山奈津子(1児の母)氏が批判の記事を書いている。

dot.asahi.com

 
 これについて、思ったことが2つあるので書きとどめておく。


 一つは、こういう話とか論戦はネットで夥しい数あるが――

 それをまともに読んでいるまともな若い人たちにとっては、それはもう


「結婚・出産ってやっぱり負担が大きそう」

「家庭も子どもも欲しいけど、天秤にかけたらやっぱナシかな」

「自分のしたいことが制限されるのって、イヤ」


 と感じるのが全くまともな感性である、ということだ。

 特にネットをよく見る女性にとって、出産と子育てとは「災い」としか思えない人もたくさんいるのではないだろうか。 

 また男性の方だって、こんな気配りや制限が要求されるとなれば、ホトホト嫌気が差すのは実にまっとうな感じ方である。

 それはもう未婚率も出生率も上がりはしないし、生涯童貞・生涯処女の割合が増え続けるのも納得である。

 しかし確かに日本人にはまだ、

「夫や妻は要らなくても、自分の遺伝子を受け継ぐ子は欲しい」

 という願望なり需要なりはあるだろう。

 だから今後100年も経たないうち――

 恋人や生涯のパートナーは「製造会社にカスタム注文して購入し」、

 わが子は「製造会社に自分の遺伝子を送って作ってもらう」

 時代が来ても、何の不思議があるだろう。

tairanaritoshi-2.hatenablog.com


 こうすれば女性はわざわざ苦しんで産まなくても、出産と育児にまつわるいろんな苦労をしなくても、理想のわが子を得ることができる。 

 男性にとっても、子育てのために何かの趣味を諦める、なんてことはしなくて済む。

 まさに万々歳のウィンウィン関係である。

 需要があれば、それに応える社会になるのは自然の流れというものだ。


 
 そして、二つ目に思うのは――

 私は久しぶりにAERAのウェブサイトを見たのだが、なんとまあ「東大」関連記事が多いのか、ということである。

(今回の記事も東大卒のママさんが書いているのだが、そもそもこれは単発の記事でなく連載の一環である。

 別に悪口ではないが、たぶんこの人、東大卒でなかったら連載を持つことには――つまりは商品価値を持つに至ってはいなかったろう。)


 いや、これはAERAに限った話では全然なく、世の中には「東大ネタ」が夥しく氾濫していることに、あなたも気づかないはずはない。

 テレビも雑誌も全てそう――

 特に出版の世界では、


「東大生の教える●●」

「東大生の読む●●」

「なぜ私は/わが子は東大に受かったのか」


 とか言ったタイトルの本がものすごく多く、今後もますます出てくるに違いない。

 いやあ、世の人々の「学歴主義批判」というのは、いったい何なのだろう。

 ほとんどの人が「エリートへの反感」を(聞かれもしないのに)口に出し、

 「学歴なんて仕事には関係ないんだよ。勉強だけできてもダメなんだよ」とか仲間内で言っているというのに――

 それも昨日や今日からではなく、何十年も前からずっとずっと言ってきているはずなのに、

 2018年の現実は、やっぱり「東大」がモノをいうのである。

 それどころか「東大産業」とも言うべきものが成り立っていて、もちろんそれを支えているのは、「東大」と名が付く本を買ったり、「東大」の肩書きのある人をオーソリティと捉える善良な庶民たちである。

 どうやら学歴主義批判というのは、善良な市民が人前で見せるべきポーズであって「タテマエ」であり、ホンネではみんな学歴主義者のようだ。

(もちろんそんな単純ではなく、善良な庶民の心の中には、「学歴」や「東大」へのもっと複雑で倒錯した感情が絡み合っているのだろうが……)

秋篠宮さま「大嘗祭は皇室私費で」「宮内庁長官は聞く耳持たない」発言-税金から切り離して皇室を救え?

 これが皇室・皇族にまつわるものでなかったら「爆弾投下」「不協和音」なんて書かれそうな発言を、

 (自分の長女のことで国民的渦中にある)秋篠宮殿下が、誕生日記者会見で行った。


「自分は、大嘗祭という宗教的な行事は、国費(税金)ではなく天皇家の私費(内廷費)でやるべきだと思う」

 

「(そんなに費用をかけずに)身の丈に合った規模でやるべきだと思う」

 

「そのことを宮内庁長官にもかなり言ったが、聞く耳を持たれなかった」


 というのがそのハイライトである。


(⇒ 朝日新聞 2018年11月30日記事:秋篠宮さま、大嘗祭支出に疑義「宮内庁、聞く耳持たず」)

(⇒ 読売新聞 2018年11月30日記事:「まさか会見で」戸惑う宮内庁…秋篠宮さま発言)

(⇒ 共同通信 2018年11月30日記事:大嘗祭「違憲」12月提訴へ)

 
 まず思うのは、昔から薄々思ってはいたが、宮内庁の長官とか職員とかいうのは、あまり面白くなさそうな職業・立場だということである。

 宮内庁長官にとって天皇や皇族はいわば会社の上司や経営者のようなもの、自分自身は天皇家の事務局長みたいなものだと思うが――

 それが公の場で、「自分は意見したが、事務局長は聞く耳を持ってくれなかった」なんて言われてしまうのである。

 これはもう一般の会社・組織なら、立派に内紛状態と見なされるところだ。

 そして世間一般に流通する無数のマネジメント本の大多数には、「上に立つ者は、決してこういうことはしてはならない」と書かれていそうな話でもある。

 今回の秋篠宮発言に大賛成する人も、もし自分が宮内庁長官だったら「こんなことする上司の下でやってられるか」と、怒り狂ったり深刻なショックを受けたりするのではないだろうか。

(少なくとも、同僚内で「なんだよな、アイツは」くらいの陰口は叩きそうだ。)


 しかし秋篠宮側としては、こういう機会でもないと――そしてこういう手でも使わないと、自分を「籠の鳥」にしている抑圧者に何も反撃できないじゃないか、という思いがあるのかもしれない。

 なんだか、織田信長に対する将軍足利義昭みたいな、やむにやまれぬ思いがそこには感じられる。


 それはそれとして秋篠宮発言の骨子は、現代日本人の平均的な感覚に驚くほどフィットしているように思える。

 大嘗祭の経費は、前回(現天皇の即位時)には22億円超だったそうだ。

 その額自体は、まぁ一代に一度の最重要儀式だから仕方ないにしても――

 熱烈な皇室崇拝者・皇室ファンにとっても必ず「うっ」と詰まってしまいそうなのは、

 大嘗祭を行うための「大嘗宮」というのを(前回は)14億円かけて作り、しかも儀式終了後はそれを解体撤去した、という話である。

 これは間違いなく、現代日本国民感情からは許されないことだろう。

 これが皇室のことだと言わずに話をすれば、100人中100人が「バカか」「無駄遣いも大概にしろ」と反射的に言う(思う)に決まっている。

 
 それはもう秋篠宮殿下としては、「税金14億円で建物を建ててすぐ壊す」なんてことで国民の反発を喰らいたくはない、と思うのが正常な感覚だ。

 だから、天皇家の私費である内廷費で賄うべきだというのは、とても筋が通っている。

 むろん内廷費も、元はと言えば国民の税金から出たものだが……

 ものすごく卑近な例を言えば、それは一般公務員の給料のようなものである。

 元は国民の税金だとしても、そこから受けた給料を貯めて一世一代のパーティーを開くというのは、別に目くじら立てられるようなことではない。

(これにすら目くじら立てる人も、必ずいるだろうが。)


 やっぱり秋篠宮殿下、「このままでは皇室はマズいのではないか」という危機感は、かなり(昔から)強く持っているような印象を受ける。

 そしてたぶん、その危機感は正しい。

 皇室と言えども、庶民の感覚にアジャストしなくては21世紀を生き残ることは難しい。


 何と言っても、次の次の天皇は自分の子(悠仁親王)になるわけだ。

 政教分離問題だろうと税金使用問題だろうと、とにかく一人でも多くの国民の心を皇室支持に繋ぎ止めなくてはならない。

 それには一つでも、国民に叩かれそうなタネは減らした方がよい。

 何と言っても、こともあろうに自分自身の娘の結婚相手のことで、芳しからぬ皇室ネタが世間に充満しているのであるから……