10月4日、自民党総裁選において高市早苗 氏(64歳)が小泉進次郎 氏(44歳)を下し、新総裁に決定した。
これは日本においては、次期総理大臣が高市氏になることを意味する。
もちろんそれは、日本初の女性首相が誕生するということでもある。
さてそこで、フェミニズムである。
フェミニストにとって女性首相の誕生は慶事であり快挙であり、悲願であるとさえ言えただろう。
ではその悲願がついに実現することとなった今、全国のフェミニストは喜びを爆発させているか――
といえば、全然そんなことはないに違いない(笑)
なぜなら(言うまでもないが)、人間や政治家を右派か左派かで二分するとするなら、高市氏は名うての右派として知られている。
そしてフェミニスト・フェミニズムと言えば、これはもう左派に決まっているからである。
思うに、日本の年季の入ったフェミニストにとってみれば、「右派」の女性が日本政治の頂点に立つ日が来るなんて想定外のことではなかろうか。
それどころか「あってはならないこと」とさえ感じられるのではないか。
フェミニストにとって女性首相と言えば土井たか子 氏とか、とにかく左派の誰かであって、女性首相の誕生は(有り体に言えば)左派の勝利を意味するはずだったろう。
それなのに女性初の総理大臣の栄冠は、こともあろうに右派女性の頭上に輝いたのである。
こんなことがあっていいのか、そもそも「女性が右派であること」自体が許されぬことではないか――
と日本のフェミストが心の底で思っていたって、私はまったく驚かない。
もしかすると彼ら彼女らは、高市氏ら右派女性に対し「それでも女か」「女のくせに」という言葉が喉元まで出かかっているとしても、不思議ではないと思う。
そしてさらに悪いことに、右派女性が体制側のトップに立ってしまった今――
フェミニストが常用してきた「男性支配の家父長制の男社会」という思想的弾丸も、極めて使いにくくなってしまった。
実際フェミニストにとって、首相をはじめとする閣僚や保守政治家が(俗に言う)オッサン・老人男性ばかりであることはどれほど「有利」だったことだろう。
どれほど遠慮なしにその弾丸を撃ち続けることができていたろう。
しかしその標的の頂点に女性が立ってしまったら、さすがに今まで通りに射撃するわけにもいかない……
そうでなくてもタマの勢いが鈍りがちになりそうなのは、どうにも仕方ないことではないか。
しかもなお悪いことに、右派女性の政治家というのは高市氏一人に限ったことではない。
どうも私見では、言論界全般はともかくとして、政界における女性政治家については右派の方がむしろ優勢で世評も高いように感じる。
もし私がフェミニズム陣営だったら、何をおいても「右派女性対策」を最重要課題とする。
いや、何年も前からとっくに重要課題だったはずで、それは多くの人にははっきり見えていたのではなかろうか。
日本初の女性首相がついに誕生することを、日本のフェミニストは祝えない……
これはまさしく、フェミニズムの悲劇である。
ただ救いなのは、おそらくこの高市首相も近年の首相たちと同じく、2年か3年の短期政権に終わるだろうことだろうか。
しかしそれはそれで「やっぱり女はダメ」とかいう話になりそうで、これもフェミニストにとっては頭の痛いところだ。
とりあえず部外者としては、世のフェミニスト陣営が高市女性首相政権にどのような言論をぶつけていくのか、お手並み拝見というところか……