6月14日、フジテレビは、「北朝鮮で撮影されたと見られる」映像が世界で波紋を広げていると報道した。
その映像とは、初代北朝鮮キム王朝首領・金日成の功績を讃える石碑に、一人の男が墨汁を4回遠くから振りかけるものであった。
その映像は“新朝鮮”と名乗る「キム一家の世襲支配を終わらせる」ことを目標とする団体が広めたものであり――
「荒唐無稽な首領の神格化を国のあちこちに植えつけて、墓石よりも多くなった金家の痕跡をこれから我々が破壊する。“新朝鮮”の大掃除が始まった」
とのメッセージが添えられているという。
なお“新朝鮮”の声明文では、
「今や世間知らずの娘まで前面に出す金正恩の振る舞いを見て、全人民は怒りに震えている。
金家、世襲の命を絶つために喜んで命を捧げることを決意した」
と書いてあるという。
(⇒ FNNプライムオンライン 2024年6月14日記事:北朝鮮で撮影?金日成主席の石碑に墨汁かける動画がSNSに「世襲の命を絶つ」反金一族の団体が声明…活動活発化か)
率直な感想を言うと、これは血沸き肉躍る展開である。
いったいぜんたい「あの世界的に悪名高い」北朝鮮ではいつこんな運動が起こるのか、いつまでも起こらないのかと思っていたのだが、ついにようやくこういう団体が表に出てきたのである。
思えば北朝鮮は日本人にとって、長らく「いつか崩壊する国」だった。
初代・金日成が死去したときも、二代目・金正日が死去したときも、まるで今にも北朝鮮は崩壊すると言わんばかりの報道記事が日本中に躍動したものである。
いまや北朝鮮は日本人にとって「日本人を拉致した国」を通り越し「いつもミサイルを撃つ国」として、完全に日常の一コマに組み込まれた国となっている。
北朝鮮のミサイル発射は、もう大雨予報より重要度も関心度も低くなってしまった。
いつしか北朝鮮は日本人の意識の中で、「たぶんもうすぐ滅ぶ国」から「あるのが日常の国、これからもあるのが普通の国」になったのだ。
それが21世紀も4分の1を過ぎようとして、やっと本当に崩壊の兆しが見えてきたのだろうか。
もちろん今回の「墨汁テロ」がやっていることは、客観的に見てショボいことである。
石碑に墨汁を4回振りかけてすぐ逃げ出すのは、どう見てもそんなにかっこいい英雄的なシーンではない。
やるならキム一族の誰か、それでなくとも政府や軍の高官を爆殺するシーンを撮ってほしいと思うのは人情だろう。
だが、いかにショボく感じようとも、これが戦前の日本で「天皇行幸記念碑」に墨汁をかけるようなものだと思えば、確かにその勇気はスゴいものである。
決死の覚悟と言っても――確かに北朝鮮当局は必死に犯人を捕らえようとするだろうから――過言ではないだろう。
ところで、こんなことを言っては女性やフェミニストの方々から激怒されそうだが――
私は個人的に、北朝鮮が本当に崩壊するのは、ウワザどおり(そして新朝鮮の声明文がいみじくも触れているように)金正恩の「世間知らずの娘」が首領の地位に就いた時だと思う。
北朝鮮が「社会主義国なのに直系一族の世襲制国家」となったのは、まことにアジア的である。
最近は「東洋世界的」という意味で「オリエンタリズム」という言い方をしてはいけないことになっているのだが……
しかし、アジア圏では放っておくと何でも世襲制になってしまうというのは、これこそオリエンタリズムの真髄と言えると思う。
少なくともそれは、「北東アジア的」とは言えると思う。
そして言いにくいことだが、そうしたオリエンタリズムが強ければ強いほど、「女がトップになる」というのは国民そして軍人に受け入れられないと思うのだ。
「牝鶏(めんどり)が鳴くとき国は亡ぶ」
という言葉は、オリエンタリズムの浸潤した社会では強い共感と説得力を帯びるだろう。
おそらく北朝鮮に「初の女帝」が誕生するとき、国民と軍人のキム王朝への忠誠心はかなり決定的に揺らぐと思う。
私は北朝鮮の軍人たちが、「女に命令される」ことに耐えられるとはあまり思わないのである。
もっとも、現在の首領・金正恩はまだ若く、女帝誕生は当分先のことかもしれないが――
しかしその後継者が娘に確定となったとき、“新朝鮮”の悲願が叶えられる可能性はかなり高いと思うのである。