プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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マザコン「親子共依存」増加と「日本人は母子相姦がお好き」

 現代日本に、マザコンが増えているそうである。
 「親子共依存」と呼ばれる、親と子がいずれも相手に依存している状態が増えているそうである。
 何よりも、そのことを本人らがあまり恥ずかしいとも隠そうともしなくなっているらしい。
 ウソかマコトか、息子をソープに連れて行って筆下ろしさせる母親というのも実在するようだ。

 この記事の冒頭は傑作なので、引用せずにいられない。
 
“ちょっと自信をつけてあげてくれないか”という感じで“うちの息子をよろしくお願いします”
 母親は個室にも同伴し、
「お母さんはベッドの縁をずっと握ったまま見守ってらっしゃって、
“大丈夫?気持ちいい?”“頑張って。もう少しよ。頑張って”と。
 息子さんはずっと“ママ、気持ちいい”という感じでお返事されていて…。
 終了後は、“よく頑張ったわね”と息子さんを抱きしめて号泣されていた。
 息子さんは放心状態で“ママ。ママ”と」。
 そして母親は「あなたは恩人なので」と言い、(ソープ嬢に)数十万円のチップを手渡したのだという。

 これこそオモシロオカシイ「フェイクニュース」というものではないか、とも思いたくなってくるが――
 しかし同時に、ある種のエロ小説とかエロビデオにソックリだ、いや、まるでそのまんまではないかとも感じられる。
 ここまで来ると、このソープ嬢が当の母親自身に入れ替わるのもあと一歩というところである。
 ほら、あなたもすぐ思いつくだろう、美しい母親が息子のために自分の体を使わせる――などというエロ作品のワンシーンを……

 私には、この親子共依存という現象について思うことがいくつかある。
 まず、確かにそういう現象は増えているかもしれない、という気はする。
 街中を歩くと、確かに見るのである。
 中学生か高校生以上にはなっていそうな男子が、いとも仲良さそうにその母親(年増の恋人と言うことはないだろう)と並んで歩いているのを。
 おそらく多くの男性は(男子は)あんなこと絶対にしたくないし、そんなことして街中を歩くなど絶対に拒否したいだろう。
 それはある程度の年齢以上の男として、極めて恥ずかしいことである。
 友人・クラスメイトには絶対に見られたくない光景である。
 なぜならそれは「マザコン」という、男にとって最低最悪に近いレッテルを張られることになるからだ。
 「マザコン野郎」というのは、男性に対する最大の侮辱語と言っても過言ではない。
 しかし世の中には、それを侮蔑とも思わない男性が増えているということだろうか?
 
 もう一つ思うのは、「親子」共依存とは言っても、その親子とは専ら「母」と「息子」を指しているということだ。
 それが「父」と「娘」を指していることはまずないし、現にAbemaNewsの引用記事も、専ら母子関係の話だけである。
 「マザコン」と言えば、専ら「母べったりの息子」を意味するのであって、母べったりの娘を思い浮かべる人はほとんどいない。
 さて、男はマザコン(男)をバカにし、女はマザコン(男)を嫌悪する。
 女性からマザコンと認定されるのは、むろん男にとって最大級の恥である。
 女性にとってみれば、ギャンブル狂の男の方がまだマザコン男よりはマシかもしれない。

 しかし……
 言うまでもないことながら、息子をマザコンにするのは他ならぬその女性である。
 マザコンを嫌悪し侮蔑していながら、自分自身がそのマザコンの育成を(いいことと思って)やってしまう……
 これは女性の「業(ごう)」と言うべきか何というか、恐ろしくも夢も希望もない話だ。
 
 そして最後に思うのは――
 「日本人の母子相姦好き」には、やっぱり日本人にはそういう素地があるのだろう、ということである。
 どれでもよい、エロ動画を集めたサイトを見てみればよい。
 そこには極めて多くの、「母」を対象とした動画が見つかるはずだ。
 実母、義母、継母など「母」にもいくつかの種類があるが、それらが全体に占める割合は、たぶん他の国に比べて異様に高いように思えるのである。
 「母」とセックスする・性的な交わりをする、などということは、圧倒的多くの男性にとっておぞましいこと以外の何ものでもないはずである。
 ましてや現実にそんなことをしている人は、全体の0.1%もいないだろう。
 にもかかわらず、日本のエロ産業の世界では、現実の発生率と明らかに不釣り合いな割合の「母親もの」コンテンツが氾濫している。
 つまり母親ものには、日本においてそれだけの需要があるということである。
 少なくとも性的ファンタジーの世界において、母親とのセックスは日本人男性(の多く)の心に訴えるものが明らかにある――
 
 これから親子共依存なりマザコンなりが「社会的地位」を高めるにつれ、エロの世界での「母親もの」はますますその割合を高めていくに違いない。
 なんだか江戸時代の人間のようなことを書いてしまうが、これもまた「泰平の御代」の産物であろうか……

「史上最大の蝗害」バッタ4000億匹、中国へ?-これは王朝滅亡の予兆となるか

 東アフリカでサバクトビバッタが大量発生し、エチオピアケニアソマリアの畑・食糧に大打撃を与え――

 いまや1200万人が食糧危機に瀕している、らしい。

ソマリアは、今月になって国家非常事態宣言を発した。

 ソマリアという国は、普段から非常事態にある国というイメージがあるが……


 そのバッタは遠くパキスタンやインド北西部にまで達し、近々中国にまで到達するのではないかとウワサされている。

 なんでもその数は推定4000億匹、1日で3万5000人分に相当する食糧を食っているというから、おそるべき大勢力である。

 いま国連食糧農業機関(FAO)は、各国に対策として83億円の拠出を求めている。

(ところでFAOでは、キース・クレスマンという人が「上級バッタ対策官」という職位に就いているようだ。こんな職名、初めて知った……)


(⇒ SmartFLASH 2020年2月15日記事:アフリカで食料を食べ尽くす「バッタ」昆虫食で対抗できるか)

(⇒ AFP 2019年12月28日記事:バッタが大量発生、過去25年で最悪の農業被害 インド北西部)

 
 さて、今回はバッタの大発生だが、日本人には「イナゴ」の大発生の方がよく知られている。

 それを難しい言葉で「蝗害(こうがい)」と言う。

 そして中国と蝗害と言えば、反射的に「王朝滅亡」「王朝末期」のイメージが頭に浮かぶはずである。
  
 これは現代日本人にとっては、昔の日本人よりはるかに強く印象づけられているだろう。

 なぜなら小説・漫画・ゲームにおける『三国志』の普及のせいで――

 「イナゴと言えば、蝗害と言えば、中国の王朝滅亡」という速算式が、頭の中でできてしまっているのである。

 ゲームの三国志でのイナゴイベントというのは、現代日本の男性陣の多くにとっては、ものすごく馴染み深いものの一つだろう。


 ところで、本当に今回の蝗害は、中国に到達するのだろうか。

 私は中国蝗害史にそんなに詳しいわけではないが、中国の蝗害はほぼ全てトノサマバッタによるもののはずで――

 今回のようなサバクトビバッタが原因だったことは、知る限り一件もないはずだ

 もしアフリカ原産のサバクトビバッタが中国を荒らしたことが今まであったなら、それは歴史的にかなり有名な話題になったはずで、我々もそういう例を一つくらいは知っているのではなかろうか。

 もっとも、世は地球温暖化・気候変動の真っ只中である(とされている)。

 今までになかったことも、これからはあり得るのかもしれない。

 そして、もし今回が史上初めての「アフリカ産バッタの中国来襲」となったとすれば……

 少なくとも日本人にとっては、「中国共産党王朝の滅亡」をイメージさせずにはおかないだろう。

 もちろんこれは、言ってみればサブカル的なイメージに過ぎないわけだが――

 折も折、中国発の新型コロナウイルスが世界を席巻している最中であるから、ますます世紀末・王朝末期的なイメージは強まってしまう。

 
 はたして中国共産党王朝は、日本人がイメージするとおり、中国歴代王朝のパターンに沿って「疫病と蝗害」で滅亡するだろうか。

 私としては、中国共産党王朝は早ければ2030年代に滅亡すると思っているので、その可能性もあるだろうとは思うのだが……

(なお、当たり前だが、中国共産党王朝が滅んでも中国人が滅ぶわけでは全然ない。

 もちろんその後には新王朝ができるのだ。)

槇原敬之また覚醒剤で逮捕-薬物前科者は捜査機関にカモられ続ける

 2月13日、歌手の槇原敬之(まきはら のりゆき。50歳)が、「また」覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された。
 
 自宅マンションで覚せい剤およそ0.083gを所持していた容疑であるが――
 彼は20年前の1999年にも、同じ容疑で逮捕されている。
(その時は、同性の「パートナー」と一緒だった。)

 なので、確かにビッグネーム(「世界に一つだけの花」の作曲者である)の芸能人の逮捕ではあるが、多くの人は「またか」「やはり」と感じただろう。
 もし「次に覚醒剤で逮捕される大物芸能人は?」と問われれば、多くの人が彼の名を思い浮かべたと思われる。
 むしろこのニュースで感心すべきは、初回の逮捕から20年を経てもなお彼がビッグネームで、その逮捕がトップニュースになるという点にあるのかもしれない。
 いや、彼に限らず――
 一般的に浮き沈みが激しいと思われている芸能人たちの、「選手寿命の長さ」に感心すべきなのかもしれない。
 特に、1980年代から90年代に名を売った芸能人たちの寿命の長さには、際立ったものがある。
 それは、あの田代まさしにも言えることである。

 ところで、麻薬捜査と言えば大変なものだという印象があるし、実際にもそうなのだろうとは思う。
 しかし反面、カンタンな面もあると感じずにはいられない。
 要するに、一度覚醒剤で逮捕された者を見張っておけば、いつか絶対また逮捕できる、という側面があるのではないか。
 特に、覚醒剤で逮捕後も芸能活動を続け、ネームバリューが持続している(つまり相当程度の収入がある)者に目を付けておけば……
 捜査機関はいつか必ずまたその者を逮捕できるし、世間にアピールできるという面があるのではないか。
 いわば覚醒剤の前科者は、捜査機関の美味しいカモである――とも言えそうだ。

 おそらく槇原敬之は、数年後か数十年かに、また逮捕されるのだろう。
 薬物依存は止められない。
 有名人で、逮捕後も活躍が続き、収入が得られているならなおさらである。
 そしてそれは、死ぬまで捜査機関にカモられ続けるという運命を意味している……