11月18日、創価学会は11月15日に自宅で老衰により池田大作会長が死去したことを発表した。享年95歳。
奇しくもと言うべきか狙ってと言うべきか、11月18日は創価学会の創立記念日である。
もっとも周知のとおり、池田氏については前々から重病説や死去説が流れていた。
というのも2010年以降、公の場に姿を見せることはなかったからだ。
そしてまた奇しくも、と言うべきか、今年3月22日には幸福の科学総裁・大川隆法氏が66歳で死去している。
創価学会と幸福の科学は昭和日本(戦後日本)の生んだ2代宗教団体であり、共に政治進出を目指した。
後者の方はそれが成功したとはとても言えないが、前者の方は大成功を収めたばかりか政権与党なってからもう長い年月が経つ。
その2大宗教&政治勢力のカリスマトップが、2023年に相次いで死去したことになる。
これは、大いなる偶然と言うべきだろうか。
ところで、日本史の教科書で必ず出てきて習うのは、「鎌倉新仏教」というものだ。
法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗など、鎌倉時代に誕生したニュー仏教の数々である。
そして私は、創価学会と幸福の科学というのは、この鎌倉新仏教のように将来の日本史の教科書に載ってもおかしくないムーブメントだと思っている。
いや「鎌倉新仏教」という歴史用語があるのなら、「昭和新宗教・昭和新仏教」という歴史用語があっても全然おかしくはない。
これは過大評価と思われるかもしれないが、少なくとも時宗――現代では極少数宗派となっている――と同程度には扱ってよい重要度があると思うのである。
そしてこの2つを比べたとき、その重要度ではやはり創価学会の方が勝るだろう。
なにせ長きにわたり政権与党の一角である公明党の母体なのだから、宗教史どころか政治史にだってその記載は決して欠かせないものだ。
「時宗の一遍」が歴史の教科書に載るのなら、「創価学会の池田大作」もまた歴史の教科書に載ったとしてもおかしくはない。
政教分離とか宗教への好き嫌い・宗教そのものへの好き嫌いは別として、それが客観的な評価というものではあるまいか。