「クモヒメバチ」というハチは、クモに卵を産み付けて自分に都合のいいようにクモを「働かせ」、あげくに幼虫に食い殺させる習性があるらしい。
(⇒ 東洋経済オンライン 2021年9月18日記事:「クモを薬漬けにし死ぬまで働かせるハチ」の驚嘆)
しかしこれは、べつだん珍しい話ではない。
寄生バチがイモムシに卵を産み付けて「生き埋め」にし、
幼虫はイモムシの体を内部から食って成長するが最後までイモムシの生存に必要な器官は食わず、
やっと外界に出て行く段になってそれを食って殺してしまう――
これは生物界でも随一の残酷ストーリーとして、極めてよく知られている。
生物学に、そして昆虫なんかキモくて何の興味もないという人でも、この話は常識として知っているのではなかろうか。
だが、どうしてこんな恐ろしい「寄生・卵の産み付け・幼虫による体内侵食」を行うのは、決まってハチばかりなのだろう。
それはハチが「針」を持っており、しかもそれが産卵管とセットになっているからだ、というのが答えなのだろう。
しかしそれでも不思議なのは――
(1) なぜハチの幼虫は、イモムシの生存必須器官を最後まで食べないでいられるのか。
そんな風に進化してきたということは、「行動が遺伝子に影響する・伝えられる」ということを示唆していまいか。
(2) なぜクモの中には、刺されもしないうちからハチに対面して縮み上がり、麻痺したようになすがままに刺されるものがいるのか。
ハチとクモが(一方的にハチに都合のいいように)こんな歩調を合わせるように共進化するって、どういう風の吹き回しなのか。
(3) ハチがこんな風に進化できるのなら、他の昆虫だってそうなって良かったのではないか。
特にアリはハチが羽を失ったものだとされているが、こういう寄生生殖を行うものがいてよいのではないか。
しかしそうはならず、ハチと違って単独生(集団を作らずに一匹単位で生きる)のものすらいなくなったのはなぜなのか。
というような疑問の数々である。
中でも(1)は、不思議中の不思議と思われるもので――
最後の最後まで生存必須器官を食い荒らさないという偶然は確かに単発的には起きるとしても、
そんな偶然が寄生バチという種全体に広まって定着するというのは、いったいどういうプロセスだったのだろうか。
ハチの幼虫には「獲物の体内を食い荒らす経路」のインプットされた遺伝子がある、と言えばそれまでだが、どうしてそんな遺伝子のプログラムが生まれ、広まるのかということこそ謎中の謎である。
何千万年か何億年か前、あるハチが犠牲となる昆虫に針を突き立て、卵を産み付けた。
その幼虫は犠牲昆虫の体内を食い荒らし、当然ながら生存必須器官を食い破ってしまい「失敗」する。
しかし中には、最後まで生存必須器官を食わないで「成功」した幼虫もいた。
それはわかるが、どうしてそれが次代に受け継がれるのか。
幼虫は自分の食ったルートを覚えていて、それどころか遺伝子に刻みつけ、自分の子どもに伝えるのか。
そうでないとするならば、どうやってそのルートを偶然から必然に変えることができるのか。
この仕組みを解明すれば、あの信じられないような生活環を持つ「カンテツ」などの寄生生物の謎にも、光が当てられそうである。