6月8日、ジャーナリストの伊藤詩織氏が、自身を侮辱・誹謗中傷したとして――
漫画家のはすみとしこ氏、及び彼女のツイートをリツイートした都内の医師2人を、東京地裁に提訴した。
求める損害賠償額は、はすみ氏550万円、医師1人110万円の計770万円である。
(⇒ 2020年6月8日記事:伊藤詩織さん、漫画家はすみとしこさんら3人を提訴。「枕営業」などツイートめぐり)
このうち、はすみ氏については、世の中の(この件を知っている)人のほぼ全員が、「有罪確定」と感じることだろう。
刑法上の犯罪という意味ではなくとも、意識としてはそう感じるはずである。
しかし問題は、というか、この提訴に対する人々の関心の焦点は――
「単にリツイートしただけ」で侮辱・誹謗中傷したうちに入るのか、
損害賠償責任を負わねばならないのか、ということに違いない。
これについては、上記引用記事にもあるとおり既に判例がある。
すなわち、元大阪府知事の橋下徹氏が「誹謗中傷ツイートをリツイートした」男性ジャーナリストを提訴しており、
その裁判では「何のコメントも付けずにリツイートすることは、その内容に賛同する意思も併せて示されていると理解できる」
として、慰謝料の支払いを命じている。
つまり、「単なるコメントなしのリツイート」は、有罪と認定されている。
(もっともこの件、第2審で訴訟継続中ではある。)
私は(もちろんと言うべきか)この先例裁判の判決文を読んではいないが……
「賛同する意思」よりもむしろ、「広める意思」「共感したよという意思」が込められている、と言いたいところである。
聞けば伊藤氏側は、ツイッターばかりかYouTubeやヤフーニュースコメント欄など何十万件のコメントに目を通し、それへも法的措置を検討しているとのこと。
実は私は、リツイートもしたことがないし、
ヤフーニュースのコメント欄にコメントを書き込んだこともなく、
あの「親指を立てる/下げる」のマークもクリックしたことがない。
なので、いつも不思議に思うのだが――
あの親指マークは何千件も何万件も押された表示がされているが、どういう人があれを押しているのだろう。
そんなにも世の中には、人の書いたことにさっさと「共感」する人が多いのだろうか。
たぶん私には、共感力や共感意欲が欠けている……
それは自認するにしても、そんなにも他人の書くことに速やかに共感する人が多いというのは、それ自体が不気味ではあるまいか。
(こう感じる人は、私以外にも多いと思われる。)
さて、本件に立ち戻って言えば、先例に基づいてリツイート者は「有罪」である。
ただし、これはほとんど慣例のようなものだが、その賠償額は請求額の2分の1から3分の1くらいに減額されて決まるだろう。
すなわち、医師2人の賠償額は、それぞれ30万~50万くらいだと思われる。
それ以外のリツイート者も提訴されるとすれば、1人あたり10万円にもならないだろうか。
しかし真の問題は、「単なるリツイート者でも情報開示請求の対象になる」ということだろう。
これはさすがに世の中の人も、やり過ぎではないかと感じる人が多数に上るのではなかろうか。
とはいえこの点、まさに伊藤詩織氏が「嫌なら(SNSを)見るな」と言われ続けてきたように、
「嫌ならリツイートするな、書き込むな」
と言い返されても仕方ない。
要するに、「安易な共感の表明は仇となる」時代が、ようやく来ようとしているのである。
思うに、SNSはじめネット上での誹謗中傷・罵詈雑言がここまで拡大したのは、
「共感は正義、共感するのは良いこと、共感を表明するのは自然なこと・あらまほしきこと」
という「共感道徳」が根底にある。
しかし現実には、「人と付き合うのはリスクがいっぱい」が真実であるのと同様、
「共感を表すのは(のっかるのは、とも言う)リスクがいっぱい」もまた真実なのだ。
今回の提訴は、日本にはびこる「共感道徳」に冷や水をぶっかける効果があるのではなかろうか。