兵庫県立の高校で2月に行われた卒業式で、父親が黒人の生徒が黒人伝統の編み込み式髪型「コーンロー」でやって来たからと言って――
教師から校則違反とされ、一人だけ2階席に隔離されて座らされた(しかし無意味だと思って親と一緒に帰った)という事件が報じられた。
(⇒ 毎日新聞 2023年3月28日記事:ルーツがある伝統の髪型「コーンロー」の高校生を卒業式で隔離 「校則違反」理由に姫路市の県立高校 「事前相談あれば・・・」教委釈明)
これについてネット上で見る「有識者」のコメントは、要約すれば「生徒の多様性(しかもルーツある多様性)を認めないのはけしからん」の一色である。
「クソみたいな教師たち、最低の学校。恥を知れ。
生徒がかわいそう。隔離された子も、そのほかのすべての子も」
「髪型をあれこれ言うことに何か意味があると思っている頭の悪い教師たちが日本中にいると思うと残念でたまらない。
多様性を大切にせず、本質がわからない。
アホどもに、牛耳らせていると、国が、滅びるぜ」
とまでクソミソに言う始末である。
しかし聞くところによると、この生徒がこの髪型をして来たのは、卒業式のこの日が初めてだったとのこと。
教師側にとってはいわば「奇襲」のようなもので、こういうことがあると本当につくづく、教師になんてなるもんじゃない、まさにクソみたいなリスクたっぷりの職業である、と思わざるを得ない、
ところでこれは、素朴に思うのであるが……
ルーツのある伝統的な髪型は受け入れるべきだというのであれば、日本人生徒がチョンマゲで月代を剃って来るのはいいのだろうか。
江戸時代の武士や町人がしていたチョンマゲは言うまでもなく、志村けんのバカ殿みたいなピョンと飛び出たチョンマゲだって、立派に日本人のルーツたる正式・清潔な髪型であるには違いない。
まさか、外国人のルーツは尊重するが日本人のルーツは尊重しない(しなくていい)、などということにはならないはずだが。
あるいはまた、イスラム系の女生徒がヴェールや全身を隠す黒い布の衣装を着けて出席するのはいいのだろうか。
これは多様性を認めるなら、無条件で「良し」としなければならない。
いや、卒業式のみならず、その格好で通学するのを許さなければならないはずだ。
彼女だけは制服着用免除してこそ、多様性の尊重になるはずである。
私としては、別に全国の学生の制服を全廃したって構うことではない。
というより多様性と言うなら、髪型制限ばかりでなく制服の全廃こそ、人は主張すべきではないか。
しかし不思議と、そういうことを主張する人はネット上でさえ滅多に(全然?)見かけないのはどうしたことだろう。
ブラック校則というものを大人も子どももこぞって大批判してるというのに、なぜか「制服廃止」を訴える人は、生徒の中にさえいないらしい。