プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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市職員自力サビ落としで車両損害1400万円-自力主義という他山の石

 6月3日、山口県下関市は、市リサイクルプラザ管理棟の屋上の手摺の錆(サビ)を市職員が自力で落とそうとしてサビを飛散させ、近くにあった車両83台に付着させ計1,400万円の損害を生じさせたことを発表した。

 市はこの金額を損害賠償するという。

(⇒ 毎日新聞 2024年6月4日記事:さび掃除で損害1400万円 市職員の作業で飛散、車両83台被害)

 これはまさに、世の人々が他山の石とすべき事案である。

 何が教訓かと言って、「自力主義」の危険という教訓である。

 どうやら本件では、リサイクルプラザを所管する(らしい)市環境施設課の「施設の修繕を担当する」職員らが業者に頼まず自力で除去できると判断し、電動工具にてサビ落としを試みたらしい。

 つまり、ある程度は施設の修繕に経験を積んでいるはずの部署の人たちである。

 しかしサビ落としというのは、そんなに簡単な作業ではない。

 これは、そんなこと自分でやったことないという人にもある程度想像がつくのではなかろうか。

 ただ、そのサビが広範囲に飛散すること、飛散したサビが付着したらどうにも取れなくなることまでは、あまり想像がつく人はいないだろう。

 察するに、いかに施設修繕担当の職員と言えども、これまであまりサビ落としをした経験はないと思われる。

 そしてまた、その職員ら以外の職員もまた、サビの飛散と付着について知識経験があったとは思われない。

 さらにここへ、例の「自力主義」の罠が絡んでくるのである。

 もし仮に、サビの飛散と付着について十分な知識経験のある職員がいたとして――

 それゆえに「これはぜひとも業者委託することが必要だ」と予算要求したとして、それが予算査定部局に容れられるとは思えない。

 これは私だけでなく、あなたや他の人々も大半はそう思うのではなかろうか。

 サビ落としのことを知らなければ、「そんなことくらい自力でやれ」と思うのが普通である。

 予算査定部局どころか、当の予算要求部局の人でさえ「そんなことくらい自力でやれる/やるべきだ」と思うのが普通である。

 いや、今の日本人の感覚では、そう思うことこそ立派な道徳とさえみなされるのではなかろうか。

 もっと言えば、「サビ落としごときにカネを使う」なんて、まず道徳的に拒否反応を起こすのが今の日本人のデフォルトだろう。

 この「こんなことごとき」「自力でやれる、自力でやるべき」という道徳観は、日本の社会と経済に少なからぬ悪影響をもたらしていると考えるのは大袈裟だろうか。


 おそらく今、日本の会社や団体のほとんどは「自社の戦略部門に資源を集中」するために「アウトソーシングを進める」なんて言っている――何十年前から言い続けている――はずである。

 自社の経営計画にも、決まってそんなことが書いてあるはずである。

 ところが、アウトソーシングに全く反する「自力主義」というものが、日本全国を根深く覆っていることを感じない人はいないだろう。

 いったいこの自力主義の影響で、どれだけ多くのアウトソーシングが闇に葬られてきたか――だからこそいつまでも「アウトソーシングを進める」なんてセリフが経営計画に載り続けている――わからないくらいだろう。

 しかし私は予言するが、日本の自力主義はこれからも当分続くに違いない。

 それは経営効率だのという次元ではなく、日本人の深い道徳観に根差すからである。

 たとえ内部の人たちが許しても、外部の人たちが「そんなこと自力でやらないなんて、他人にカネを払ってしてもらうなんて」とたちまち非難するからである(特に公共団体の場合は……)。

 この自力主義というのは、文字どおり日本を縛る呪縛だと思うのだ。