それを最初に購入しようとしたのは上杉謙信の地元・新潟県上越市であったが、その専門家による評価額は3億2000万円であった。
上越市はその額を2017年度予算に計上したのだが、所有者が5億円を提示したため交渉は決裂し取得断念となった。
それをこのたび、備前刀(備前長船)の産地である岡山県瀬戸内市が(ふるさと納税の寄附金で)8億239万円を集め、ついに購入できることになったという。
(⇒ 上越タウンジャーナル 2020年1月28日記事:上越市取得断念の国宝「山鳥毛」は瀬戸内市へ 購入費5億円の寄付集まる)
(⇒ 上越タウンジャーナル 2017年11月22日記事:交渉決裂も「落ち度なかった」 国宝の太刀「山鳥毛」取得断念で村山上越市長
まず、専門家の鑑定額が3億2000万円なのに(所有者の言い値の)5億円で買う、というのは、瀬戸内市は高い買い物をした(する)ということである。
しかし、(こう言ってはその専門家の方に悪いが、)日本刀(古刀)の鑑定額なんてしょせん水物であることは容易に想像が付く。
そして、特に日本刀なんかに興味がない人にはそうなのだが――
根本的に、いくら国宝とはいえ上杉謙信ゆかりのものだったとはいえ、日本刀1本ごときに3億円なり5億円も払うのは無駄遣いではないか、という疑問や反対もあろう。
(そして、その所有者という人に5億円も儲けさせるのが許せない、という感情ももちろんあろう。)
上越市は、(結果的に)刀1本に5億円も出す気はなかった。
しかし瀬戸内市は、寄付によって8億円集めて5億円で買うことにした。
このどちらが正しい選択だったと言えるか、真面目に考えればものすごく難しい問題である。
ただ、こうなってしまって上越市民の中には、「だから5億円出して買っときゃよかったんだ」と言いつのる人がたくさん出てくるのは容易に想像できる。
そしてたぶん、瀬戸内市の展示施設(備前長船刀剣博物館)には、ある程度の大勢の来館者が見込めるだろう。
そもそも8億円も寄付が集まったのは、やはり日本には刀剣愛好者がかなり大勢いるのだと推測させるに充分である。
また、こんなに集まったのは、それが「山鳥毛」の購入資金になるからこそであって――
瀬戸内市の普通のふるさと納税では、こんなにも集まらなかったのは100%確実である。
俗に「世界三大無駄遣い」というのには、「エジプトのピラミッド」「中国の万里の長城」「日本の戦艦大和」が挙げられる。
しかしこれらが今でも無駄遣いだったかと言えば、そんなことはとても言えない。
ピラミッドも万里の長城も、今となってはそれが所在する国の観光の目玉である。
戦艦大和も日本人(の男性)にとってはロマンに満ちたものであり、
広島県呉市の海事博物館「大和ミュージアム」は、近年の官製施設の中で最も集客に成功したものの筆頭格だろう。
特にピラミッドなど現代エジプトの屋台骨、「尾張名古屋は城でもつ」ならぬ「エジプトはピラミッドでもつ」と言っていいほどである。
別にエジプトをバカにするわけではないが……
ピラミッドとスフィンクスとミイラ(とスエズ運河)のないエジプトって、世界の人々にとって何の価値があるだろう、とさえ思えないだろうか?
日本刀1本に、5億円――
これが瀬戸内市にとってエジプトにとってのピラミッド、呉市にとっての戦艦大和になるかどうか。
5億円は出せない(鑑定額を超える値段は出せない)とした上越市の判断が、良かったのか悪かったのか、賢明だったのか愚かだったのか。
世の中には答えの出ない問題があると言うが、これもその一つではなかろうか。