2025年の万国博覧会は、大阪市で開催されることが決まった。
その経済(波及)効果は2兆円だという。
(⇒ 読売新聞 2018年11月24日記事:大阪湾人工島で開催、「ウォーターワールド」も)
(⇒ 朝日新聞 2018年11月24日記事:大阪万博とIRの経済効果、2.6兆円 日本総研が試算)
私は、この万博開催というもの自体を批判する気はない。
私は万博に興味がないし行くこともないし、見たいと思うものもない。
オリンピックとかも、ぜひナマで見たいとも思わない人間である。
だから万博を日本でやってもやらなくてもいいのだが――
何か大きなイベントがあると必ず大きく打ち出される「経済効果」というものには、毎度毎度疑問を感じずにいられない。
そのことについては、以前1本記事を書いている。
tairanaritoshi-2.hatenablog.com
私は経済学にとんと疎いので素人そのものの疑問を持つが、この経済効果の試算というもの、本当に「正しい」のだろうか。
何となく、「誰がやっても同じ結果が出る」ものではなく、人によって全然違う数字が出てくる気がするのだが、どうなのだろう。
もしそうだとすれば、これは全然科学的な数字ではない。
その数式に代入する数字はほとんど全てが「推定値」のように思えるし、もしかしたら数式自体が「推定式」なのかもしれない。
いったいこれ、正しいかどうか検算することってできるのだろうか。
そういえば今まで行われた世界的イベントの経済効果の「検算」って、(確かにいちいち調べてはいないが)ネットでも見ないような気がするのだが。
たとえば長野冬季オリンピックの経済効果の検算結果は、誰か算出したのだろうか。
私と同じように経済に疎い人にも、この経済効果というものが――
アヤフヤで、仮定と推測に満ちた数字なのではないかという疑惑は、心の中に生じるものだと思う。
しかし、にもかかわらず、「大阪万博の経済効果は2兆円」という物言いは、もうそれが正しい・確かな・公式なものとしてメディアに流通し、人の口の端に上ってはいまいか。
何となくこれ、かの「大本営発表」を思わせてしまうのである。
私には、
「万博でもなかったら溜め込まれて死蔵されていたはずのカネが、世間に出てくるから景気が良くなる」
という理屈は何となくわかる。
しかしメディア上では、そういう効果が(そういう効果だけで)2兆円ある、と言われているわけではないだろう。
では、これ以外で万博に使われるカネというのは何なのか。
それは、「万博に使われてなかったら、他のことに使われていたはずのカネ」ではないのか――
と感じるのは、経済学的に間違っているのだろうか。
もしこれが正しければ、別に万博があった場合となかった場合の「効果」というのは、相殺されてゼロである。
どこかの誰かは確かに万博に行ってカネを使うだろうが、もし万博がなければそのカネを個人旅行や車の購入に使っていたかもしれない。
いや、「かもしれない」ではなく、万博に10万円使うとすれば、生活の別の分野で10万円を節約するのが当たり前の成り行きに思える。
このときの経済効果はプラマイゼロだと思うのだが、経済を「わかってる人」にとっては、嗤うべき間違いだろうか。
そしてもう一つ疑問なのは、本当に万博やオリンピックを開けば経済効果が何兆円もあるものなら――
それはもう、とにかく何かのビッグイベントをいつもいつも開いていればいいんじゃないのか、ということである。
私にはさすがに経済がそんなにも簡単なものだとは思えないのだが、本職の経済学者は、この「イベント経済学」とも言いたくなる話について、どう考えているのだろうか。
もし「万博の経済効果は2兆円」式のイベント経済学が正しいのなら、万博はそれこそ発展途上国で持ち回りでやるべきである。
国連がそう決めるべきである。
また世界銀行などは、発展途上国に対し、とにかくビッグイベントを開きなさいと助言・指導すべきではないか?
しかしそうなっていないのは、やっぱり「イベント経済学」は世界的な支持を得てはいないからだろう。
いったいこのイベント経済学は、日本だけの独自の大衆学問なのだろうか。
他の国でも、こういうことは広く言われているのだろうか。
今までオリンピックや万博をやってきた世界中の都市の「経済効果」の決算を、誰か計算してくれる人、それを検算してくれる人はいないだろうか……