古生物界では、長年にわたり奇怪なウワサ(説)が囁かれてきた。
それは「翼竜は、実は飛べなかった」というものである。
これを聞いた人は、一も二もなく「何を馬鹿なこと言ってるんだ」という気になるに違いない。
翼竜と言えば誰しも子どものころ学習漫画か何かで見たことがあるし、大人になっても映画やゲームによく出てくるので、その姿形が思い浮かばない人はいないだろう。
「あの」翼竜が、あんな翼を持っていながら実は飛べなかったなんて、そんなバカな話があるかよと反応するのは当然である。
しかし反面――
頭の中で姿形を思い浮かべるだけでなく、ネット検索でちょっと真面目にその復元図を見てみると、これまた誰もが疑問に感じるのである。
別に航空力学を勉強していなくても、誰もが「こんなデカい頭で(トップヘビーで)まともに空なんて飛べるのか?」と確かに思う。
いや、こんなのが飛べるなんて信じられないと確かに感じる。
そしてこのたびナショナルジオグラフィックに、この奇怪なウワサが真実ではないかと示唆する記事が載った。
ルーマニアはトランシルバニア地方で発掘された巨大翼竜について、上記記事の研究者は――
少なくとも島嶼に住んでいた成体については、「飛ばなかったと自信を持って言えます」と語っている。
なるほど考えてみれば、この現代にも「飛べない鳥」は普通にいる。それは万人の常識である。
(ダチョウとか、キウイとか、エミューである。)
また、つい最近までニュージーランドには「飛べない巨鳥」モアがいたのも知られている。
(隔絶した島や島大陸に住み着いた鳥は、ほぼ確実に飛べなくなって大型化・巨大化する法則があるようだ。)
惜しくもモアは絶滅してしまったのだが、その姿をイラストなどで見た人は、それはこんなに大きいのなら飛べるわけないと納得する。
だったら「こんなに大きい翼竜が飛べるわけない。ましてや白亜紀には群島だったトランシルバニアでなら」と素直に納得すべきである――
と、言いたいところだが、それでも疑問なのはやはりあの翼の存在である。
飛べない鳥は、もちろん翼が退化している。
しかしこのトランシルバニア産の翼竜(の化石)は、はたして翼が退化しているのだろうか。
もちろん、たとえ翼が退化していても、化石に(骨格に)それが簡単に見て取れるほど反映されるとは限らない。
翼竜の翼とは、手の5本指のうち第4指(薬指)と脚の間に膜が張られただけのものだ。
第5指(小指)は退化しているため、地上を歩くときは後ろ脚と両手の第1~3指を使っていたと察せられる。
よって、親指以外は全て長く伸びて膜が張られているコウモリよりは、飛行性から地上性に移行するのはたやすいのだろう。
しかしそれは、翼もまた退化しやすいということでもある。
はたして白亜紀末期の巨大翼竜は、長々と伸びた薬指だけはそのまま残し、実は膜が退化していたのだろうか?
しかしどうも、そんなことを主張する研究論文はないようである。
もし巨大翼竜が地上性に移行していたなら、薄い膜は何の役にも立たないどころか(すぐ破れそうなので)邪魔なだけのように感じる。
だったらそれは、速やかに消失していたはずである。
だがそうではなく、地上性に移行した後も(なぜか)膜を保持していたとしたら。
あの長い薬指も、なぜか長いままだったとしたら……
それはいったい、なぜなのだろう。
もしかしたら恐竜とともに絶滅した翼竜というのは、もう少し存続していれば完全に地上性の動物になる途中だったのだろうか。
(その行く末は、きっとウマみたいな四足動物だっただろう。)
だが翼竜は、およそ2億年前の三畳紀後期から7000万年前の白亜紀末期にかけて、何種もが興亡したのである。
その間には何種もが地上性に移行していたはずなのだが、はっきり「翼の退化した翼竜」というのは、いまだ見つかっていないようだ。
「あんな姿で飛べないわけがない」
と
「あんなデカいのが飛べるわけない」
の間を行き来する翼竜とは、本当に謎多き生物である……