プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

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女子大生20歳、包丁と金づちで“元カレ”を殺害未遂-近松門左衛門と現代ノンフィクション、ニュースの無常

 7月23日午後1時頃、兵庫県西宮市の自宅で、女子大生が元交際相手の男性を包丁と金槌で殺しかける事件が起こった。
 逮捕されたのは、関西学院大学2回生の畷優奈(なわて ゆうな)20歳。
 なお「自宅」と言っても実家ではなく、一人暮らしの下宿アパートの意味だろう。(関西学院大学は西宮市にある)
 
 しかしこれ、不思議と言えば不思議である。
 元交際相手(いわゆる“元カレ”)と言いながら、その男が「自分のアパートの部屋に寝ているところ」を見計らって殺そうとしたのだから……
 これは偏見かもしれないが、女子大生が自分の部屋に一人だけ男を入れるというのは、十中八九セックスOK(の仲)ということである。
 しかもその男はグーグー寝てもいるのだから、恋愛関係のもつれによる怨念というものはほとんど感じていなかったのだろう。
 だが女は、包丁ばかりかまず金槌を使って頭を殴っている。
 包丁はどこの家にも(たとえ一人暮らしでも)必ず置いてあるが、金槌というのはそうでもない。
 女子一人暮らしであれば、持っていない人は大勢いると思われる。
 それを使ったということは、初めから殴るつもりで用意しておいた――
 そこが地獄の一室と化すことも知らず、ノコノコ入ってきて寝入りまでした男を、あらかじめ殺すつもりでいた可能性が濃厚だ。 
 
 さて、こんなニュースを聞いたとき、プロレスファンなら必ずや新日本プロレス棚橋弘至のことを思い出す。
 棚橋は新人時代、当時の交際相手に(金槌こそ使われなかったが)全く同じようなシチュエーションで背中を刺されて負傷している。
 しかしさすがプロレスラーと言うべきか、その刺されたまま自力で原付を駆って病院へ行ったそうだ。
(それにしても、こんなニュースがあるたびに思い出されてしまうのだから、本人にとってやはり痛恨の出来事である。)

 そして私は、ややおかしな感想ではあるが――
 この2017年の現代にも江戸時代の浄瑠璃のような情念を持つ女性が(しかも若い女子大生)まだいることについて、何だか安心感のようなものを抱いてしまう。
 実際、もし近松門左衛門あたりがこんな話を聞いたなら、フツフツと創作意欲が湧いてきたに違いないと思う。
 
 ところがそれも、江戸時代ならの話である。
 このニュース化社会の現代、こんな事件は掃いて捨てるほどあるのである。
 いや、恋愛感情のもつれで女が男を、男が女を殺す事件はどんな時代でも絶えることなくあるのだが――
 昔なら浄瑠璃や世話物・心中物の題材になって何年も評判になり、中には何百年後まで語り継がれる事件であっても、この現代にはほんの数日の「評判」を保つに過ぎない。
 犠牲者10人前後の殺人事件でさえすぐさま後続ニュースに押し流され、あっという間に忘れられる世の中である。
 
 おそらく現代の犯罪ノンフィクション作家は、一つの事件に集中して取材・追跡することが、心理的にも商売的にもかなり難しくなっているだろう。
 次から次へ事件が無数に報道され、まず自分自身が目移りしたり“飽きて”しまう。
 その上「この事件こそ追う価値あり」と決めたとしても、人の興味は常に最新ニュースにあるものだから、商売として出版にこぎ着けるのもなかなか厳しいものがある。
(昔に比べれば、きっとそういう側面がある。)
 
 今回の事件もそれこそ秒速で忘れられ――
 明日以降の日々のニュースも事件も報道も何もかも、全て一瞬で「価値のない過去」になってしまう。
 これがたぶん、現代的な無常観と言えるものである。