現・九重親方、現役時代の四股名・千代の富士、本名・秋元貢(あきもと みつぐ)氏が、7月31日に膵臓ガンで死去した。享年61歳。
私以外にも驚いた人は多いはずだが、この人、まだ61歳だったのである。
日本人の平均寿命を考えればあまりにも若い死であり、相撲界の重鎮として活躍するのはこれからと言っていい年齢だった。
同じ7月31日に行われた東京都知事選挙など、このニュースに比べれば誠にどうでもよい、吹けば飛ぶような出来事だと感じずにはいられない。(小池百合子氏が大差で当選)
私が子ども時代の1980年代、横綱と言えばこの人であった。
千代の富士こそは相撲界の象徴だったし、その知名度は今日に至っても衰えてはいなかった。
野球界で言う長嶋茂雄・王貞治、プロレス界で言うアントニオ猪木に相当する超ビッグネームであり続けた。
現役時代の千代の富士は、子どもの私の目から見ても異質だった。
他の力士はいかにも「ザ・相撲取り」というようなアンコ型の体型だったのに比べ、彼だけはそれこそプロレスラーのような――
いや、それをも凌ぐ引き締まった筋肉美を誇っていた。
同時に、周りに比べれば明らかに小柄だった。
しかし、それなのに強い。
この「小さいのに強い」という点で、どうしても人の心の琴線に触れまくる。
またその眼光と顔立ちはこれまた非常に引き締まったもので、ただそれだけで見る者に只者ではないと思わせるのだ。
おそらく彼は、これから数十年経った後も――
太平洋戦争前の大横綱・双葉山(空前絶後の69連勝を達成した)のように、「ほとんど相撲に興味のない人でも、名前と“強い横綱だったこと”だけは何となくわかる」存在になるのではないだろうか?
そしてもう一つ、彼にはその名が後世に残る要素がある。
昨年プロレスラーのダスティ・ローデスが死去したときにも書いたことだが、彼は漫画『キン肉マン』の登場人物のモデルになっているのである。
その登場人物とは、言わずと知れた「ウルフマン」。
千代の富士のニックネームが「ウルフ」だったことにちなむ、超人相撲の横綱であり正義超人である。
この「ウルフ」という名称が問題になったらしく、アニメ版では「リキシマン」として登場したことは有名な話だ。
千代の富士の存在は、現役時代の彼をリアルタイムで知る人間が世の中からいなくなるにつれて――世代交代によって、だんだん薄くなっていくことだろう。
それはあらゆる人間の、あらゆる事象の宿命である。
しかしこれから当分読み継がれていくだろう『キン肉マン』という漫画(今でもweb連載中である)により、「ウルフマンのモデル」として何回も何人にも思い返されるに違いない。
それにしても、自分の子ども時代に活躍していた人物が次々亡くなっていくのは、わかりきった不可避のこととは言え、やはり感慨を催させるものである。
いかりや長介しかり、大橋巨泉しかり、そして次にはあの人、この人――
きっと数十年後には「元ダウンタウンの松本人志さんが死去」とか「元歌手の安室奈美恵さんが死去」とかニュースで流れ、私よりずっと若い世代の人々も同じ感慨を抱くのだろう。