読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プロレスリング・ソーシャリティ【社会・ニュース・歴史編】

社会、ニュース、歴史、その他について日々思うことを書いていきます。【プロレス・格闘技編】はリンクからどうぞ。

労働時間の短縮…少子化を防ぐ最も現実的で、最も非現実的な手段

 思うに、恋愛・出産・育児を「面倒な負担」に感じるということには――

 「仕事」というものが我々の生活の中心にあることが最大級の原因になっているだろう。


(むろん、「嗜好の選択肢の多様化」もそれと同じくらい大きな要因である。

 何度も書いてきたように、恋愛・結婚・子育ては、この世の無数の嗜好と同列に並ぶようになった。

 そしてその他のたいていの嗜好に比べ、明らかに負担やリスクや気苦労が大きいのだ。

 「実際にやってみればそんなことはない」と言ったって、まだやってない人の心に響きはしない。)


 どうも世の中には、「朝から夜の8時・10時・12時過ぎ」まで毎日働いている人がザラにいるようである。

 連日そんなに働いていてなお恋愛だのデートだのをする余力・気力があるというのは、驚異的かつ異常なことではあるまいか。

 それで家庭を持とうなどと考えられるのは、恐るべきバイタリティではないだろうか。

 しかもそういう人が、現にまだまだ存在するという事実――

 私などたとえ晩の6時に帰宅しても、疲れてそのまま寝てしまうことがよくあるというのに……


 本当に夜の10時とかまで働いている人がそんなに多いなら、出生率が下がるのも恋愛離れが進むのも全く当然の成り行きである。

 はっきり言ってそういう人は――

 恋愛も結婚も犬にでも食わせろ、自分はそんなことしてるヒマはない(他にやりたいことで自由時間は全部潰れてしまうのだから)、

 などと心底思うのがむしろ当たり前だろう。 
  
 またたとえ結婚し子どもができたとしても、家で子どもを見てるヒマはないと思うのは至極当然のことではないか?


 出生率を上げるのに最も現実的な手段は、一人当たりの労働時間を劇的に減らすことである。

 1日8時間労働でもまだ長い。通勤時間なんかも入れればそれは実質10時間くらいにはなるだろうからだ。

 江戸時代の庶民とか古代中国の役人とかは1日4時間(半日)労働くらいしかしていなかったと言われるが、もしそんな“労働復古”が実現すれば、いくら何でも出生率の上昇に貢献しないはずがないと思う。

 しかしながらそんなことは、逆に最も非現実な手段と言っても過言ではない。

 これはあなたも、誰も彼もがそう思うだろう。

 確か1970年代くらいには、技術の進歩で人間はほとんど働かなくてよくなるとかの未来予想があったはずである。

 残念ながらそれは、数ある未来予測の中で最も外れた予測になってしまった。


 私には安定した雇用を保ちながら労働時間を減らす妙案はないし、たぶん誰にもない。 

 よって、この方面から少子化を防ぐ手段は(当面は)ないと見た方がいい。

 社会政策少子化を解決しようとするのは、おそらくとんだ無駄足になることだろう。  

(続く)